第35話 トイレを守る翼竜(水原蒼視点)

 アバズレと言われて立ち尽くしていると、ポケットのスマホが鳴り響く。


 スマホが鳴るなんてのは悲しいかな、珍しい。べ、別にボッチってわけじゃないけどな。


 まぁでもおそらくおやじだろう。


「……って、志津香?」


 教室を出て行った志津香からの連絡であった。


 なんで電話? なんて思いながらも素直に電話に出ることにする。


「もしもし」

『……蒼』


 俺の名前を呼ぶ志津香の声はどこか遠く、儚い感じがした。


 もしかしたら、俺がいきなりキスしたことを怒っており、もう顔を見たくもないから電話で二度と関わってくるなって電話かもしれない。


 一度、そんな妄想をしてしまうと不安にかられてしまう。


「どうした?」


 ゴクリと生唾を飲みながら志津香に尋ねる。


『話があるの』


 ドキッと嫌な心臓の跳ね方をした。


 嫌な予感っていうのは当たって欲しくない時に当たるもんだ。これってのやっぱり、もう二度と……。


「わかった。どこいるんだ?」

『トイレ』


 あ、うん。トイレね。トイレの中で電話してんのか。あー、そうか。儚い感じはトイレ独特の空間のエコーだったわけね。了解。


「どこ行けば良い?」

『トイレ』

「んん?」


 この子は一体なにを言っているのかな?


『女子トイレにいるから迎えに来て!』

「は?」

『じゃ!』

「ちょ! まっ!?」


 あのクソ女、強制的に電話を切りやがった。


 え? ちょっと待って。これ、俺、トイレに行かないとダメなやつ?


「いや、無理だろ」


 俺は慌ててリダイヤルするが、あのクソ女、まじでクソでもしてんのか、電話に出んぞ。


 ええっと……。これ、行かないと話進まないよね?







 とりあえずトイレの前にやって来たけど……。


「なに、してんの?」


 トイレの前には門番みたいに中島さんと佐藤さんが待ち構えていた。


「水原くん。よく来たね」

「よく来たな。旦那」

「待って。なんでラスボス前の強キャラ感でトイレ守ってんの?」

「ここは私達に任して」

「行って」

「違ったわ。死亡フラグびんびんに立てた仲間キャラだったわ。……って、そうじゃなく! 行ってってなに!?」


 ふたりへ壮大にツッコミを入れると、やれやれと呆れた声を出されてしまう。


「そりゃ」

「女子トイレでしょ」

「なんなの!? この世界の女は貞操観念がバグってんの!?」

「バグってないよ」

「バグってないから旦那を匿ってあげるってこと」

「なんでリスクを冒してまで幼馴染に会わにゃならんのだ。おい、志津香! 早く出て来い!」


 叫ぶと、違うクラスの女の子が出て来て俺を思いっきり睨みつけて急ぎ足で出て行った。


「水原くん、ほらぁ」

「ほらぁってなに!?」

「さっさとしないと他の女の子に変態扱いされるよ?」

「せっかく私達が見張りしてるのに」

「待てよ。仮に見張りだったとしたらガバガバセキリュティじゃない? 今、志津香以外の女の子出て来たぞ」

「ドンマイ」

「ドンマイ」

「ドンマイじゃないわ! ボケ!」


 はぁはぁと息を切らすと校内に予鈴が鳴り響いた。


「あ、予鈴鳴っちゃったよ」

「早く行って! 旦那!」


 本鈴まで約五分。せっかく普通に登校したのにこのままじゃ遅刻になっちまう。


 どうしてヒロインが女子トイレじゃないと喋れないのか全くもって理解はできないが、今のままじゃ埒があかない。


「ぬああああああ!」


 俺は中島さんと佐藤さんを信じて秘密の花園へと足を踏み入れた。


 気合いを入れて入ると、女子トイレの鏡の前には志津香が可憐に立っていた。


「はぁ……はぁ……。くそ……志津香。なんでトイレ……」

「待って」


 なぜかクールに制止を求められてしまい、志津香は鏡越しで顔を見てくる。


「私はきっと、キミの顔を見たら素直に喋れないから……」


 そう前置きをして、ポケットからなにかのチケットを取り出した。


 そのまま鏡越しで渡してくる。


「今度の休み。遊園地、行こ」

「え……」


 素っ頓狂な声が漏れてしまい、俺は一瞬わけがわからなくなる。いや、女子トイレに半ば強制的に突入させられているので、既にカオス理論に突入している状態と比べると全然わけがわかる。


 この子、俺をデートに誘っている?


 それってのは……デレている……?


「じゃ、じゃ、また連絡するから!」


 いつもクールな志津香が恥じらいながらその場を脱兎のように逃げ出した。


「あ、ちょ……」


 女子トイレに残された俺は少しばかり現実味が感じられずにその場で立ち尽くす。


 嫌われたわけじゃないってことで良いのかな?


「ん? え?」


 ふと目の前に女子生徒が現れた。


「……」

「……」

「きゃああああああ!」

「ぎゃああああああ!」


 お互い顔を合わせて悲鳴を上げる。


「ちょ、み、みずは、水原くん!? なに女子トイレの鏡でかっこつけてんの!?」


 入って来たのは成戸だった。


「じゃねええええ!」


 俺は入口付近へ瞬時に移動すると、そこに門番の姿はなかった。


「あいつらぁ……」


 ぐしゃりとついつい志津香からもらったチケットを握りつぶしそうになり、思いとどまる。


「ちょ、ちょっと水原くん! いくら私の排尿シーンを見たいからって、待ち伏せは……」

「なにも言い訳できないわ。ちくしょうが」

「トゥンク。もしかして、本気で私の排尿を?」

「なにも言えない立場だが、おのれのトゥンクのタイミングおかしくない」

「……しょうがないわね。私の排尿に溺れたってことで今回は見なかったことにしてあげるわよ」


 あらやだ。なにこの子。優しいが過ぎるんだけど。


「あら。その手に持ってるの遊園地のチケット?」


 これ以上、女子トイレの話題を出さないように気を使ってくれたのか、俺が握りつぶしそうになったチケットをまじまじと見て質問してくれる。


「あ、ああ。まぁな」

「ふーん。って、その遊園地……。あれ? 水原くんは彼女いないでしょ?」

「別に彼女じゃなくても遊園地行くだろ」

「あ、いや。そうじゃなくて、知らない?」

「なにを」

「その遊園地。カップルが必ず別れるって有名な遊園地よ」

「……ええ!?」


 なにその遊園地。え? どゆこと!? どういうこと!?


 志津香が俺と別れたい? いやいや、まだ告ってないから恋人じゃないぞ。


 いや、そうか。いきなりキスしてくる幼馴染なんかと一緒にいたくないから、これで幼馴染って関係に終止符を打つってか……。


 やだ、悲しくなってきた。

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