第25話 幼馴染はクールに?怒っている(水原蒼視点)

「志津香っ」


 廊下に出て、早歩きでトイレの方へ向かう志津香を呼び止めるが、全然反応しない。


「おい、志津香! ちょ、待てって」


 廊下にいる人のことなんて無視して大きな声を出して、志津香の肩に手を置いたもんだから、周りはなにごとかとこちらに注目してくる。


 周りの視線が痛いが、今はそれよりも、志津香に無視されたダメージの方が大きい。


「なにかな?」


 パッと、虫でも払うかのように手を払い、こちらを振り返ってくる。


 やっべーや。うじ虫でも見てくるかのような目だ。


「し、志津香? か、勘違いすんなよ。あれは……」

「勘違い? 勘違いってなにかな? んん?」


 うじ虫を見てくるような目はそのままに、詰めてくる冷たい声に耐えられそうにない。


「い、いや、さ、さっきの……」

「さっきの? ああ、そういえばさっき水原くんってば隣の席の女の子と、イチャイチャしてたよね。してたなー。うんうん。してた、してた」


 俺のことを名字で呼んだり、棒読みになったり、非常に怖いとです。


「ソレデ?」


 ギロっと睨んでくる顔だけで、もう動けなくなりそう。


「私はなにを勘違いしてるって言いたいの?」

「そ、それは……」

「あー、わかった。もしかしたらきみってば、隣の席の女の子とイチャイチャしてるのを私が目撃しちゃって、ヤキモチ焼いてると思ってるんだ」


 きゃははとわざとらしく甲高い声で笑うと、耳元に顔を近づけてくる。


「そっちこそ勘違いしないで」


 志津香の生声が0距離で聞こえるご褒美かと思うと、内容が罰ゲームだった。


「右ストレートでぶっ放すぞ☆」

「ひぃぃ」


 怖い怖い怖い。


 この幼馴染めっちゃ怖い。


 語尾になんか、変なお星様見えたんですけど。


 俺、星になるやつ?


「志津香、ストップ、ストーップ」


 聞き覚えのある声が聞こえてくると、志津香といつも一緒にいる女バス部員の、中島千佳と佐藤友梨が俺達の間に割って入る。


「どうどうどう。落ち着いて、落ち着いて」

「ほらほら、見せもんじゃないよ。散った、散った」


 いつの間にか野次馬が来ていたみたいで、佐藤さんが追い払ってくれる。


「……ふん」


 志津香が最後に鼻息を鳴らして去ると、そのまま女子トイレに入って行く。


 中島さんと佐藤さんが顔を見合わせると、お互いに頷き合い、中島さんは女子トイレへ、佐藤さんは俺の肩をポンっと叩いてくる。


「旦那。あっしが話でも聞きましょうか?」

「旦那?」







 佐藤さんが俺を独特な感じで呼んだのはさておいて、中庭の方まで連れて来られる。


「私、紅茶で」


 中庭にある自販機を指差して放たれる言葉。


「奢り?」

「これから話を聞いてあげるんだ。安いもんだろ」

「まぁ……」


 なんか騙された気もしないでもないが、佐藤さんは志津香と仲が良いし、話を聞いてもらえるなら安いもんだと言い聞かして素直に紅茶を買ってやる。


「ほい」

「ごちー」


 軽い感じで紅茶を飲むと、早速と本題に入ってくれる。


「んで? なんで廊下で言い合ってたん?」

「それは……」

「それは?」


 ちょっぴり恥ずかしかったけど、経緯を佐藤さんに語る。


 すると、徐々に顔が崩れていき、限界と言わんばかりに紅茶を吹き出した。


「いや! あっはっはっ!」

「笑うとこ?」

「なに、新しいタイプのイチャコラ?」

「違う違う。古いタイプの理不尽な怒りだよ」


 ケタケタと笑う佐藤さんは、笑いながら紅茶を飲む。


「ま、あんたらのことは私にはわかんないけどさ(明らかに嫉妬してんだろ。さっさと付き合って永遠に爆ぜろ)」


 なんか、言葉とは裏腹の表情が読み取れる。気のせいだろうか。


「志津香が怒ってるのが、成戸さんのことでも、勘違いでも、相手を怒らせているんだったら、先に謝った方が楽だと思うよ」

「それは言えてる。でも、そのことじゃないとして、何に怒ってるのかわからんのに謝ったら逆効果じゃないか?」

「本気で謝ったら理由くらい話してくれると思うけど(ま、成戸のことで怒ってんのは誰の目にも明らかだけどな。気が付かないのかね、この幼馴染夫婦は)」

「……なんか、さっきから本音を言いたそうにしてない?」

「さぁて、どうだか」


 佐藤さんは意味ありげに言うのと同時にチャイムが鳴り響く。


「さ、短い休み時間も終わりだ。昼休み、また志津香を貸してやるからちゃんと謝んなよ」


 それだけ言い残して佐藤さんは先に教室へと戻って行った。

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