第26話 謝るのは私から(陸奥志津香視点)
ふんが、ふんがと鼻息荒く歩く私を、千佳がなだめながらトイレへと連れて行ってくれる。
「どうどうどう。落ち着いてー、落ち着いてー。ほぉら、深呼吸、深呼吸」
千佳が背中をさすってくれて、少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「やっちまったー!」
「ちょ!? 志津香!?」
トイレに入った瞬間に、いきなりしゃがみ込むもんだから、千佳がびっくりした声を出した。
そりゃさっきまで、ふんが、ふんが言いながら歩いていた人間の勢いがなくなれば驚くよね。
てか、ふんが、ふんがってなに……。やばいよね、私。
いや、そんなことはどうでもいい。どうでも良くないけど、どうでも良いの!
それより、なによりも、蒼に対してのあの態度。
あれはあかんやつ、あかんやつやねん!
つい、嫉妬してしまって、うじ虫を見る目をしちゃったり、右ストレートでぶっ飛ばすとか言っちゃったり、私はなにをしているんだ。
一応、語尾に⭐︎を付けといたけど、意味ないよね。
あ、でもでも、でもだよ。
蒼の耳に、こしょこしょっとできたのは役得かも。
蒼の匂いを堪能できたし……。
とか喜んでいる場合じゃなあああい!
「ああーん! 千佳ぁ!」
私は千佳に抱きついた。
千佳からは女子力抜群の香りと、女子特有の柔らかさを感じてしまう。
私が男子なら逝ってたね。
「情緒不安定。おー、よしよし。とりあえず事情を話してー」
千佳からすると、廊下で私が大好きな幼馴染に詰め寄っている構図。
それだけみたら、どっちが悪いかなんてわかったもんじゃないだろう。
とりあえず、私は先の出来事を千佳へと説明した。
相槌をうちながら聞いてくれる千佳は、真顔で言い放ってくる。
「小学生かな?」
「なっ!?」
小学生……だ、と……。
私のこの一途な想いによる嫉妬が小学生だと……。
「いやー、ほら、だって……ねぇ(さっさと告白しないから、捻れるんだよ。押し倒せば良いのに)」
「千佳? 心の声がなんだか肉食な気がするんだけど?」
「そんなことないよ。千佳はふたりのピュアな恋愛を見守る天使だよ。(ええい、じれったい、イヤらしい雰囲気にしてあげようかな)」
この子の目がやばそうなのは、今はツッコミを入れない方が良いのだろうか。
「ま、とりあえずだ」
彼女が今までの流れを簡潔にまとめてくれる。
「志津香は、水原くんの隣の成戸さんに嫉妬しちゃって、やらかしてるから、さっさと水原くんに謝ればオッケー」
「そう、なんだけどさ……。あんなことして、蒼にどう接したら良いのかわかんないよ」
「(まじで言ってんのか? さっさと既成事実作って永遠に爆ぜてろ)」
もはや言葉に出さずとも、千佳がなにを言いたいのか理解ができた。
「ともかく、今日も昼休みは私達と一緒じゃなくて良いから、ね。水原くんにさっさと謝りなさい。志津香がすることはそれだけだよ。わかった?」
「は、はい。わかりました」
♢
キーンコーンカーンコーンと、四限の授業が終わり、昼休みになった。
瞬間、私は席を立つ。
「おっと、陸奥さん。そんなに急いで立ち上がるなんて、相当お腹が減っているんだね。それじゃぼくと一緒にランチでも──」
「あ?」
隣のイケメン《カス》が喋りかけてくる。
「すみません、ごめんなさい、もうなにも言いません。陸奥様の美しさに群がった哀れなぼくを許してください」
「うるせーよ」
「黙ります」
「黙ってねぇじゃねぇか、エセイケメン」
「エセ……」
「あ?」
「ビシッ」
隣の席の横溝くんは、一体なにをしたいのか。
うざったらしく黙ったので放置しておこう。
私は教室を見渡して千佳と友梨を見る。
アイコンタクトで、「さっさと行ってこい」なんて言われている気がして、私は蒼の先へと向かう。
あんにゃろ。
まだ成戸さんと喋ってやがるな、こんちくしょー。
そんなふたりの間に割って入る。
「志津香?」
こんな空気の読めない行動は始めてだ。
とんでもない空気が包み込み、ちょっともじもじしちゃった。
「ね、ねぇ、そ、蒼。ちょ、ちょっとぉ、ツラ貸してよぉ」
「ええっと」
なんか訳わからん誘い方になったが、とりあえずはオッケーだろう。
「ほ、ほら、来てよ」
ガシッと蒼の手を掴んで教室を出て行く。
「(いけー! 押し倒せー!)」
千佳の方を見ると、そんなことを言っている気がしたのは気のせいだろうか。
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