第24話 嫁フィルター作動。はい、アウトです(陸奥志津香視点)

 窓際の一番後ろの席になったのは良いけど、蒼との距離が遠いし、横を向いたら。


「ん? どうかしたかい?」


 女性を落とすためのテクニックでも学んだかのような、絶妙な角度での首傾げ。ニカッとした時に輝く白い歯。


 きゃん。横溝くんの横顔かっこいい。


 なんてなると思ったら大間違いだぞ、この勘違いやろうが。


 てめぇじゃないんよ、横溝ごらぁ。


 こちとら蒼を求めてんだよ。カフェの店員を求めてるんだよ。カフェインを求めずとも、蒼を求めてるからカフェに通うんだよ。


 つかこいつ、テニス部で良い体してやがんな、ちくしょうが。


 良い体してっから蒼の横顔どころか、姿自体が見れねぇじゃねぇかよ。ばっきゃやろー。


「わっ。ぷぷ」


 こちらが蒼を見えないイライラを募らせていると、開いている窓から風が入り、カーテンが私を包みこんでくる。


 ええい、うっとしいカーテンめ。


 ビシビシ。


 カーテンを叩いて元に戻そうとするが、ふわりとしたカーテンはノーダメージで私を攻めて来る。


「くっ。ぷぷ」

「ふふ」


 隣で横溝がイケメン風に微笑みかけてくる。


「陸奥さんってクールビューティだと思ってたけど、案外天然なんだね」

「あははー。しばき回して良い?」

「こらこら。レディがそんなこと言っちゃだめだぞ」

「ふんっ!」


 右ストレートを放つ。


 もちろん顔面の寸止め。


 ブワァ。


 風が吹いて、イケメン野郎の今時マッシュの髪の毛が、ふさぁっと靡く。


 目を点にして、パチパチと瞬きをしている。


 なにがあったかわからないような顔をしている横溝に、微笑みかけてやる。


「授業中は静かにしようね。横溝くん」

「は、はひ……」


 でも、この軟派野郎には効果絶大だったみたい。


 この後、横溝は大人しく前を向いて授業を受けていた。


 これでしばらくは大人しくなるだろう。







 あーあ。


 横溝が大人しくなったから、もう全然、蒼の姿を観測できず。


 前の席なら、チラリズムで蒼のことを観察できたのに、この席になってから全然できない。さいあく。


 授業が終わり、席替えがハズレだと悲観して席を立つ。


 真ん中の席にいる千佳と、廊下側の一番前にいる友梨と目が合った。


 アイコンタクトで、『トイレ行こ』と送り合う。


 余裕で伝わったみたいで、私達は後ろのドアから教室を出ようとする。


「水っ原っくっん」


 ちょっと待って、一旦停止だわ。


 癇に障る声を出しながら、成戸さんが蒼に話しかけていた。


 ちょこちょこ、『っ』を入れて蒼の名前を呼ぶなよ。このクソアマめ。おめぇは横溝を狙っとけよ。まじでお似合いだから。


 そんなことを思いながら、しばし立ち止まり、ふたりの様子を伺う。


「授業終わったし、私のこと見ても大丈夫♫」


 なぬ!?


 いま、なんつった?


 蒼のやつ、成戸さんの顔を見てたの? 授業中? まじで言ってんの?


 つか蒼のやつ、ちょっとドキっとしてない? なんか、ちょっとドキッとしてるような。


 むむむぅ……。


 いや、わからん。この距離じゃわからんですな。


 厳しめの嫁フィルターを作動させてもかなり微妙なところ。もう少し接近すればわかるが、これ以上は危険だ。


「ん? 見たいの? 私のこと」

「見なくて大丈夫」


 ほっ。


 やっぱりクールな蒼にはそんな女、似合わないよね。


 さっすが蒼。


 きみには私みたいなクールな女バスのエースがお似合いだよ。


 クール男子には、クール女子がお似合いなんだよ。


 だから小悪魔系美少女は、爽やかホワイトニングイケメンと、はよ付き合え。


「ふぅん」

「あっ!」


 やべっ。つい、声に出しちまった。とか後悔してる場合じゃない。


 あんのぉクソアマァ。


 蒼の、蒼の頬に手を置いて、無理くりに向かせやがった。


 んでよぉ、蒼のやつ。案外悪くないみたいな顔してない?


 優し目の嫁フィルターを作動させてもアウトだな、ありゃあよぉ。


 あんにゃろ。こんなに綺麗で可愛くてクールで料理のできる将来の嫁がいながら、他の女に現を抜かすとかありえないんですけど。ありえないんですけど。ありえないんですけどおお!?


 コツコツ。


 わざと足音を立てて彼等の後ろを通って行く。


 途中、蒼が私の方に気が付いたが、とりあえず睨みつけておいた。


 ちくしょうが。ゆるさねぇぞ、蒼のやつ。ゆるさないもん。

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