第23話 隣の席のやばいやつ(水原蒼視点)

 廊下側の一番後ろの席になったのは良いが、志津香との距離が遠い。


 こっそり覗くにしても、90°頭なり体なりを向けないといけないので、バレるリスクがある。


 しかしだね、見るよね。見るの定期。


 授業中に志津香の方を見なかったらやることないだろうが。


 授業? なにそれおいしいの?


 現在は国語の授業。白髪に白髭のおじいちゃん先生が、教科書を読み聞かせる。


 まるでオーディオブックでも聞いている感覚に陥るが、んなことぁ望んでいない。


 俺が望むもの。


 それは授業中の志津香のクールな横顔。


 ああ……(うっとり)


 国語の教科書を見ながら、髪の毛を耳にかける仕草をしてみせる志津香、まじ幻想的だわ。


 開いている窓から風が入り、ふわりとして──。


 おい、横溝。めっちゃ良いところでこっち見んな。なんで俺を見るんだよ。


 パチン。


 なんで、ウィンクした、このやろー。目の毒だ。お前がモテるのは知ってるが、男でもモテると思ってんのか? ないからね。俺が女でもお前はないから。


「水原くん?」

「へ?」


 唐突に隣の席の成戸麻衣さんが長い髪を耳にかけてこちらに話しかけてくる。


「どうかした?」


 やっべ。志津香のこと見てたのバレたかも……。


「私のこと見ちゃうのはわかるけど、授業に集中しなきゃだぞ☆」

「……はい?」

「仕方ないよね。うんうんうんうん。わかるわかる。見ちゃうよね。私のこと見ちゃうの定期だよね。でも、でもね、私のせいで水原くんの成績下がると申し訳ないよ。前回も隣だった田中くんの成績を下げちゃって……。あぁ、私って罪な女。きゃ」


 あー、こいつ、こういうタイプね。


 デレ高屈指の美少女様は、どうやら相当面倒くさいタイプの人間らしい。


 男にモテ過ぎた結果、実績が伴い拗らせちゃったみたいだ。


 ま、どうでも良いか。


 こちとらデレ高屈指の美少女様よか、志津香推しなんでぃ。


 学園のマドンナより幼馴染なんだよ、ばっきゃやろー。幼馴染最高! 将来の嫁っ!


 自分に酔いしれている女を無視して志津香を見る。


 うはぁ。


 国語の教科書に目を通している志津香。さっきと変わらない景色だけど見てて飽きない──。


「こぉら。水原くん。だめだめ。私に見惚れてちゃ、いつまでま成績上がらないぞ。ほらほら、前向こっ。私のことは後で見ても良いから。あ、勘違いしちゃだめだからね。私はみんなのアイドル。水原くんの物になるには、もうちょっぴりコミュ力上げてからじゃないと、だぞ」


 なんで俺、勝手にフラれてんの?







 尊い志津香の横顔を見たかったってのに、隣の成戸さんのせいで見られなかったぜ……。


 ちくしょう、このアマ……。


「水っ原っくっん」

 ちょこちょこ『っ』を入れて喋るんじゃあないぜ、このクソアマめ。


 おめぇがモテるのはモブにだろうが、このくそめ。


「授業終わったし、私のこと見ても大丈夫だぞ♫」

「は、はは……」


 この勘違いアバズレが。


 なにが、授業終わっても見ていい──。


 トゥンク。


 ちょっと待て、なにを心臓鳴らしとんねん。


 でも、待って、ちょっと待って。


 なんだかんだ成戸さん可愛いんよ。めちゃくちゃ可愛いんよ。お人形さんみたいなんよ。


 そりゃ惚れる男が沢山いるわな。


 普通なら惚れてたよ。そこは否定できん。まじで志津香で免疫ついてなかったら逝ってたな。


「ん? 見たい? 私のこと」


 あざといなぁ。わかってんだよなぁ。こういう女は嫌われるってよぉ。


 でもな、顔面があざといを上回って来ているんよ。余裕で上回ってきてるから出来る芸当なんだよ。


 くそ。自覚ありの美少女手強すぎるだろ。


「見なくて大丈夫」


 はい、耐えたぁ。耐えましたぁ。


 志津香という圧倒的な存在のおかげで耐えました。


 でも、わかるぞ、前回隣の席だった田中よ。こりゃすぐ堕ちるわ。


「ふぅん。クールな人」


 なんか意味深に息を鳴らすと、俺の頬に手を置いて、強制的にこちらを向かせてくる。


「ふふ。こっち向いた」


 こいつ、なにしてんの?


 それで俺が堕ちるとでも──


 はっ!? 殺気!?


 ふと、視線を上に向けると、志津香がこちらに歩いて来ていた。


 普段のクールな瞳ではなく、相手を凍死させることができそうな絶対零度の瞳。


 ゴミ以下の存在を見つめるかのような表情のまま、志津香はこちらに声をかけることなく教室を出て行った。


 もしかして、このことで嫉妬してるとか?


「私を見つめれて嬉しい?」

「うるせーよ」


 俺は彼女の手を払い立ち上がって志津香を追いかけた。


「……私が通用しない、だと?」


 成戸さんから小さくそんな声が聞こえた気がした。


 そんなことよりも。


 しいいいずっかあああ!


 ちょ! まっ! 待ってくれえええ! ありゃ勘違いだからあああ!


 心の中で叫びながら志津香の後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る