第22話 席替えは上手くいかない(陸奥志津香視点)
片耳にだけワイヤレスイヤホンを装着し、自分の席に座ってスマホと睨めっこをする。
スマホの画面には料理動画が流れている。
どうして料理動画を流しているのかというと、私の料理に釘付けの蒼へ、ダメ押しの一撃を放つため。
いや、もうね、既に胃袋は掴んでいるけど、ダメ押ししたくなるじゃん。オーバーキルしたくなるじゃん。好きな人への愛は無限大じゃん!
ってなわけで、さっきから料理動画を見て、研究してるんだけど……。なんか良い料理動画がないんだよね。
『プロが教える』とか、『誰でも簡単』とか謳ってるタイトルの動画なんか再生してるけど、「これだ!」っていうのが全然見つからない。
今、見てるのもちょっと的外れな料理動画というか……。
家庭でできる料理を探しているのに、動画の人が、「今回は、高級料理に挑戦」とか言いだしやがった。いやいや、私は家庭でできる料理で、蒼を仕留めたいっての。
「志津香」
なんか、やたらイケボが聞こえてきたかと思ったら、蒼が目の前に立っていた。
「俺も暗記したぞ」
イケボのイケメンが鼻を鳴らしとるけど、なにごと?
「なにを?」
「志津香から借りた、こいつをさ」
チラッと手にもった本を見せてくる。タイトルを見ると、プロ野球名鑑と書かれていた。
「……は?」
なにを言ってんだ? こいつ。
「誰でも良い。適当に選手を言ってくれ」
「いや、私、プロ野球選手なんて知らないけど」
「良いから、良いから。ささ、言ってごらんよ」
「えー。なんだよ、それ」
いくら好きな人と言えど意味不明なので無視しよう。たまに、蒼は意味わからん時があるからな。誰にだって意味わかんない時はあるから、寛容な私はスルーしてあげる。
目の前の蒼を無視して、スマホに視線を戻すと、『ここで松坂牛の赤身』とかほざいてやがる。
「そうは言っても、そんな赤身ない」
家庭料理で松坂牛の赤身って……。ま、もはやこの人の料理を作るつもりはないけどね。せっかく再生したから見てるだけ。
「おー! 流石は志津香」
「え?」
こいつはいきなり、なにに対してテンションが上がった?
「赤見内金次選手の年棒は約7000万円だ」
「いや、赤身ないって意味……」
「流石だぜ志津香。でも、俺の暗記力も凄いだろ?」
「別にプロ野球選手の年俸なんかに興味ないけど」
いい加減うっとしいので言ってやると、唖然とした態度を取られてしまう。
「いや、おまっ、え? これ、暗記してるんじゃないの?」
改めてプロ野球名鑑を見せてきて、ほんといい加減にしろって表情で訴える。
「は? そんなの暗記できるわけ──」
突如、カフェ、くーるだうんでの、月明りの攻防を思い出す。
あの時、私は、「気になるのなら貸してあげようか?」「良いよ。私は全部読んだし。中身も全て覚えてある」って言ってた。
やっべ。これ、まじでやばいやつ。てか、蒼のやつ、それ全部暗記したの? なんで? どうして? ホワイ? 野球部でも暗記なんてしてるやついないだろ。どこの夜勤の左のワンポイントだよ。知らない人はまじでごめんなさい。
「今、ちょっと勉強してるから。邪魔するならどっか行ってよ」
ここは女子の特権、『ちょっと機嫌悪いんですけど』作戦で誤魔化すとしよう。
♢
「神も仏もいねぇな」
唐突に行われた席替えにて、私の強運を見せる時が来たと思ったのだけど……。あ、うん。席事態は最強の席を引いたよ。窓際の一番後ろ。最強だよ。この上なく最強の席だよ。だけどさ、蒼の隣じゃないんよ。
「よろしく。陸奥さん」
私の隣、イケメンで有名な
「ど、どもー」
うん。まぁイケメンの部類だよ? テニス部で、女子から告白されてるのも知ってるよ。
でも、蒼には勝てんのよ。
テニス部? イケメン? はんっ。
蒼はカフェの店員で、常連さんにも人気で、裸エプロンしたくなる男の子なの。いや、私、なんで自分で自分の黒歴史復活させた。抹消しろ、裸エプロン。
だから横溝。その白い歯を、にかってさせんな。ホワイトニングをかかしてないのはわかったから。
「これで、もし、教科書忘れたら、陸奥さんに見してもらえるね」
「あははー。ウケるー」
こいつ、勘違いしてるか知らんが、女子が全員お前のこと好きだと思ってんの? 一部の女子だけだから。お前の株価は一部上場なだけだから。
「陸奥さんも、教科書忘れたら俺のを見してあげるからね。その他のことも遠慮なく言ってくれたまえ」
「じゃ、遠慮なく。そのまま机に突っ伏して」
「え? こ、こう?」
「そうそう。いいよ、いい」
これで蒼を拝めるってもんだ。
蒼は廊下側の一番後ろの席になっちゃった。
くそ。遠いな。
「あ!」
「どうかしたのかい? 陸奥さん」
「ちょ、黙ってて」
「びーくわいえっと、だね。あんだーすたんど」
うっぜーけど、素直に言う事聞くのな、このイケメン。
そんなんはどうでもいい。
蒼のやつ、デレ高屈指の美少女、成戸麻衣と楽しそうに喋ってやがる。
あんにゃろ。私という最強の幼馴染がいながら、あんなどこの馬の骨かもわからん女と楽しそうにしやがって。
とりあえず成戸。そこ代われ。
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