第21話 席替えは上手くいかない(水原蒼視点)

 志津香がやたら俺に対して料理を振舞いたい件。


 いや、ありゃ、絶対に俺に料理したいだけじゃん。


 お弁当だけじゃなく、部活終わりにも料理したいとか、もう、これ、俺のこと好きなんじゃね? デレてんじゃね?


 やっべ、テンション上がるわ。


 昨日の夜の一件で、ずっとハイテンションの俺は、翌日の教室の自分の席でもハイテンションを維持していた。


 こりゃダメ押ししとくか?


 ここでプロ野球名鑑よ!


 やはり、共通の趣味というのは重要なもの。


 志津香はプロ野球名鑑を丸暗記したと言っていた。俺も既に暗記済み。この話題をいつ出すかタイミングをうかがっていたが、デレ確定が判明した今がその時。


 こいつでダメ押しのサヨナラホームランといこうじゃあないか。


 ……ってサヨナラしちゃだめやん。


 珍しく、一人、教室の自分の席でスマホを眺めている志津香。今が好機。


「志津香」


 ちょっと低めの声を出すと、なにごとかと、スマホからこちらの方を向いてくる。


「俺も暗記したぞ」


 ふんっと、かっこつけて鼻を鳴らすが、相手さんは、ポカンとしていた。


「なにを?」

「志津香から借りた、こいつをさ」


 チラッと見せつける。


「……は?」


 なにを言ってんだ? こいつ。


 そんな表情に見えるような気がするのは俺だけ?


 いやいや。いやいやいや。こいつ、結構ツンデレだからね。知ってるから。多分、内心では、「きゃー、蒼も覚えてくれたんだ。うれぴー」のはず。強気でいったらんかい、俺。


「誰でも良い。適当に選手を言ってくれ」

「いや、私、プロ野球選手なんて知らないけど」

「良いから、良いから。ささ、言ってごらんよ」

「えー。なんだよ、それ」


 面倒くさいという表情をしながら、志津香はスマホを見る。


「そうは言っても、そんな赤身ない……」

「おー! 流石は志津香」

「え?」


 まさか、下の名前で登録してある、『金次選手』を名字で言ってくるとか。流石はプロ野球名鑑を暗記しているだけのことはある。


 だが、俺も負けてないぞ、志津香よ。


「赤見内金次選手の年俸は約7000万円だ」

「いや、赤身ないって意味……」

「流石だぜ志津香。でも、俺の暗記力も凄いだろ?」

「別にプロ野球選手の年棒なんかに興味ないけど」


 あっれー? なんか思ってたのと違うんだけど。


「いや、おまっ、え? これ、暗記してるんじゃないの?」


 改めてプロ野球名鑑を見せると、眉をひそめて、嫌悪感な顔を見せる。


「は? そんなの暗記できるわけな──」


 言葉を途中で止めたが、そのまま顔を逸らして言われてしまう。


「今、ちょっと勉強してるから。邪魔するならどっか行ってよ」


 あっれー? 全然思ってたのと違うんですけどー。




 ♢




 俺のプロ野球名鑑丸暗記が全て水の泡になってしまったLHR。


 くそ……あんにゃろ。全部覚えてるって言ったのに。言ってたのに。


 これまでの苦労を思い返し、涙が出そうになっているところに、担任の先生が,

「席替えしまーす」と言ってくれて、プロ野球名鑑の丸暗記事件のことは全て消え失せた。


 席替えキタコレ。


 サラッとえげつないイベント用意してくれてるやん、担任おらっ。


 どうやら、席替えは、くじらしい。先生が空のテッシュを改造したお手製のくじ箱を用意していた。


 なんとしてでも志津香の隣をゲッチュしないと。不正だ。不正してでも奪い取ってやらぁ。


 いくぞ!




 ♢




「神も仏もいねぇな」


 あ、いや、うん。席は非常に良かった。


 廊下側の1番後ろの席。


 志津香はなんと、窓際の1番後ろの席。


 ちくしょうが。遠いなぁ。遠いんだよ。べらぼうめ。



 あ! 志津香めっ! 隣の席のイケメン横溝と楽しそうに喋ってやがる。


 くそがぁ! そこかわれや! 横溝よこみぞごら!


「水原くん。よろしくね」

「ああ。成戸なりとさん。よろしく」


 こっちが鬼気迫る顔で窓際の方を見ていると、デレ高屈指の美少女、成戸麻衣なりとまいが挨拶をしてくれる。


 志津香という絶対的美少女のおかげで免疫が付いているから助かったが、志津香がいなかったら惚れてるだろう。見た目だけで。それくらい美少女だ。


 ま、志津香には勝てないけどな。


 だから、そこのイケメン。まじで席かわれ。

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