第18話 年下のお姉さん(陸奥志津香視点)

 クールな蒼がクールに店を去って行った。


 沈黙の現場に、カランカランと音がしたところで我に返る。


 あっれええええええ!? なんで私、裸エプロンなんてしてんの!?


 こ、こんなん、デレてるの丸出しじゃんか!


 あ、丸出しなのはケツだわ。


 ってばか! 


 デレてるとか、デレてないとか以前に、ただの変態じゃん!


「紗奈ちゅあああん……!!」


 自分の変態さ加減に嫌気が差して涙が出てしまい、幼馴染の紗奈ちゃんへと泣きついた。 


「よ、よしよーし。どうした? ん?」


 年下の女の子が、優しく包みこんでくれる。


 流石は蒼の妹だ。


 中学三年生でこの抱擁力。私の性癖が歪みそうだ。


 とか、言ってる場合じゃない。


「蒼が……蒼がぁ……」


 内面では、中学生に性癖を歪められかけているが、その実、情けなくて号泣している。


「えっと……。兄さんに裸エプロン頼まれた、とか?」


 ぶんぶんと首を横に振って否定する。


「違ぅぅ……。頼まれたら、もっとノリノリでやるぅ」

「ノリノリでやるんだ……」 

「だって、だってさ、男の子は、ね、裸エプロンが好きって……。友達が言ってたから……」

「あー。そゆこと」


 私の言葉でどこか合点がいった紗奈ちゃんは、頭を優しく撫でてくれる。


「そうだったんだね。志津香ちゃんはなにも悪くないよ。悪いのは変態の兄さんだよ」

「そんな変態の兄さんのことが、好きなのぉ」

「そっか、そっか、好きかぁ」


 こちらの自然と出てしまった言葉を流すように、うんうんと相槌を打ってくれる。


「さ。とりあえず志津香ちゃん。意味不明だし、シャワー浴びよっか。ウチのお風呂使って」

「……匂う?」

「志津香ちゃんの匂いがする」


 それというのはどういう意味なのだろうか。


 結局は臭いということか、そうじゃないのか。


 いずれにせよ、部活終わりでお風呂に入ってないのは事実。


 勝手知ったるなんとやら。


 年下のお姉ちゃん系である紗奈ちゃんの言う通りに、私はシャワーを借りることにした。 




 ♢ 




 さっぱりしてから店内に戻ると、カウンター席には二人分のご飯が並んであった。


「志津香ちゃんの料理、美味しそうだね」

「ど、ども」

「ふふ。そこ、座って待っててね。もうすぐ帰ってくると思うから」


 言う通りに座ると、ふと、裸エプロンを思い出し、モジモジとしてしまう。


 そんな私を見て、紗奈ちゃんがカウンター越しに笑う。


「ほんと、志津香ちゃんって兄さんの前以外だとクールキャラじゃなくなるよね」

「だ、だって、それは……。蒼がクールだから……頑張って合わせないとだし……」

「あっはっはっ!」 

「ちょっと、紗奈ちゃん、笑い過ぎ……」

「だってさ。兄さんも大概なのに……。ぷっ! あっはっはっ! だめ……。ツボった!」

「もう! 紗奈ちゃん!」

「うふふ! あはは! ごめんなさい! あはは!」 


 笑いを止める気のない紗奈ちゃんは、カウンターからこちらの席に移る。


 しかし、なぜかご飯のある方とは逆隣の席に腰掛けた。


「それで?」 


 紗奈ちゃんはバーで飲む大人の女性みたいに、テーブルに肘をついて優しく首を傾げる。


「兄さんに合わせてクールキャラを頑張って演じている志津香ちゃんが、どうして暴走したの?」

「それは……ええっと……」

「さっきの話しだけだと、兄さん大好きすぎて、友達に相談したら、あれが一番効果的って聞いて実践したってことになるけど?」

「それは……」


 きっかけは玉子焼き。


 まぁ、玉子焼きからどうやったら裸エプロンに辿り着いたのか、自分でもよくわからない。


 自分自身にもおさらいするように、順を追って紗奈ちゃんへ説明することにした。


「蒼にお弁当作ってあげたんだ」

「いいねー」 


 フワッとテンションの上がった紗奈ちゃんの声色だったが、瞬時に眉をハの字にした。


「でも、なんでお弁当から裸エプロン?」


 やっぱりそうなりますよねー。


「えっとね……。蒼が私の玉子焼き食べてくれて、感動してくれて……」

「玉子焼き……。あー……」 


 その言葉で紗奈ちゃんは察したみたいに声を漏らした。


「兄さん、紗奈ちゃんの玉子焼き、泣きそうになるくらい好きだもんね」

「それ」

「どれ?」

「蒼。泣いちゃって……」

「あれ? 物理? 物理的に泣いちゃったの?」

「うん。物理的に」


 キョトンとしている紗奈ちゃんが、「物理かぁ」と呟くと、どこか納得したように頷く。


「まぁ、志津香ちゃんの玉子焼き食べたら泣いちゃう兄さんなんて、容易に想像できるか」

「泣かしちゃったな……とか……。酷いこと思い出さしちゃったかな……とか思って……」

「ん?」

「え?」

「酷いこと?」

「そりゃ、お母さんを亡くしてようやく落ち着いて来たのに、思い出させちゃって悪いことしたと思って……」

「んー?」


 なんとも困惑の声を漏らしながら考え込むと、「あー」となにかを察した声を出した。


「志津香ちゃんは、兄さんに酷いことしたと思って、嫌われたと思って、男の子の喜ぶことを友達に聞いた。それが裸エプロンってわけだ」

「そんな感じ」

「ぶっ!」 


 紗奈ちゃんは思いっきり吹き出した。


「あーはっはっはっ! 嘘でしょ!? あっはっはっ!」

「ちょっと!? そんなに笑う!? そんなになの!?」

「色々こじらせてる2人とは思ってたけど、ここまでなんだ!?」

「だって! 蒼に嫌われたって思ったら、どうしたら良いかわからなかったんだもん!」

「嫌われてるはずないじゃん」

「わかんないでしょ?」

「じゃ、本人に聞いたら?」

「え?」 


 瞬間、カランカランとドアの開く音がした。 


 すると、先ほどクールに去った蒼が、クールに戻って来る。


「おおっと、私はこれから用事があったんだっけ」


 わざとらしい声を出して席を立つ紗奈ちゃんを見て、どうして食事の用意されていない席に腰かけたのかわかった。


 私がシャワーを借りている間に、蒼……いや、純一さんにでも連絡して蒼を戻らせるように仕向けたのだろう。


「ちょ、待っ……! この精神状態で蒼と二人はきつい」

「大丈夫。裸エプロンを見せる仲に、気まずさなんてない」


 早速いじってきやがったな、この可愛い幼馴染め。


「だいいち、受験生がこの時間からどこに行く気!?」

「風の行くまま、気の行くままにですよぉ」

「あ、こら受験生! 勉強しろー!」 


 こちらの声に、手をひらひらとさせてそのまま蒼をスルーして店を出て行った。 

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