第17話 困惑のエプロン(水原蒼視点)
閉店間際のカフェ、『くーるだうん』に客の姿は見当たらなかった。
今日はそろそろ店終いかな。
なんて思いながらカウンターで洗い物をするおやじを見る。
「今日はちょっとだけ早いけど閉めちゃおっか」
「へーい」
今日は志津香のことばっかり考えていたら、すぐに時間が経ってしまったな。
玉子焼きも美味しかったし、抱き着いた時、めっちゃ良い匂いしたし。
泣いたのはちょっと恥ずかしいけど。
はぁ……。なんか今日は志津香に会いたいな。
抱擁ってのはやばいね。
その人のことしか考えられなくなる。
しかも、泣いてる時になんて効果抜群だ。
志津香の頭の中を、俺でいっぱいにしたいってのに、俺の頭の中が志津香で埋まっちまってる。
どうすれば志津香を俺と同じ状況にできるんだろうな。
次は俺から抱きしめる?
そしたらあるいは……。
志津香のことばかりを考えてクローズ作業をしようとしたところで、カランカランと店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ!」
カフェの制服(と言っても学校の制服にエプロンを付けただけ)の時に、店のカランカランという音が聞こえたら反射的に出てしまう接客用語。
これが職業病ってやつか。
「……!」
閉店間際にやって来たのは、珍しく部活終わりだろう志津香であった。
「やっほ……」
どこか気恥ずかしそうに手をあげて短く挨拶をしてくれる。
「やぁ志津香ちゃん。おかえり」
「ただいま……です」
「ごゆっくりー」
おやじがカウンターから出て行き、店の外へ出て行った。
最後に来た客がある種の身内だから、もうクローズ作業に入ったのだろう。
「珍しいな。こんな時間に来るなんて」
「まぁ?」
「完太郎さんと沙友里さん、今日は帰って来ないのか?」
志津香の両親はたまに出張で帰ってこない時がある。
その時は、うちでよく晩御飯を食べる。
子供の頃なんかは必ず泊まりに来たけど、流石に今の年で泊まりはないな。
「いや……。そういうわけじゃないんだけどね」
珍しく、歯切りの悪い志津香。
もしかして……。昼間の俺の気持ち悪い顔を思い出して嫌悪感を抱いているとか?
いや、それならば店になんか来ないな。
普通に別件でなにかあったのだろうか。
立ち話しをしていると、カランカランと店のドアが開いて、おやじが看板を店の中に入れに戻って来る。
「志津香ちゃん。今日はご飯の日?」
おやじもそう思ってたらしく、いつも通り尋ねる。
「いえ。そうではなくてですね……」
「ん?」
「ええっと……。話しというか……。なんというか……」
「話し……。ああ……」
なにかを察したおやじはすぐさまスマホを取り出すと耳に当てる。
「あ、完ちゃん。今から飲まない? 沙友ちゃんも一緒に……。あ、そうそう。あはは。おっけー。買っていくよー」
おやじは会話を終えるとスマホをポケットにしまうとドアに手をかける。
「じゃ。僕は完ちゃんと沙友ちゃんと飲んでくるから。ご飯は適当にしといてよ」
空気の読める系のおやじは、こちらの返事は一切聞かずに店を出て行った。
取り残された俺と志津香は少しの無言の後、俺から話しかける。
「とりあえず飯だよな? なにかリクエストはあるか?」
キッチンに立とうとすると
「待って」
と止められる。
「蒼は仕事終わりで疲れるでしょ? 私が作るよ」
「それを言えば志津香だって部活終わりで疲れてるだろ」
「良いから。お仕事で疲れているんだから、先にお風呂入って来て」
「あ、ああ。そう? なら、先に風呂もらうわ」
ここで互いを思い合っての言い合いは無利益。
というか、俺の願望が叶う瞬間であった。
志津香に会いたかったし、志津香が料理を作ってくれる。
これは俺にとって最大の利益といえよう。
こっちが折らせてもらって先に風呂に行くことにする。
エプロンをいつものキッチン奥のハンガーラックにかけて、奥の居住スペースへと足を運ぶ。
♢
志津香が来ているので、サッとシャワーだけ済まして上がる。
寝巻き代わりのジャージーに着替えてカフェエリアに戻ってきた。
良い匂いがカフェには充満しており、夕飯時と相まって極限まで腹が減る。
これはもうすぐできるだろうと思ってカフェエリアに入ると。
「あ、そ、蒼。も、もも、もうすぐご飯できるから、もう少し、ま、ま、待ってて……ね」
不自然なほどに可愛らしくおたまでポーズを取る志津香。
なんか知らんが、かなり無理して頑張っている感が伝わってくる。
──裸エプロンで。
「ぶっ!」
思いっきり吹き出した。
エプロンから伸びた肌色の長い手足。
豊満に成長した胸の膨らみはエプロン越しでもわかる。
この子……なにしてんの?
だが、衝撃的な過ぎて言葉が出ない。
過ぎ去りし時間。
裸エプロンの志津香と見つめ合う謎の時間。
極限の困惑の時、カランカランと店のドアが開いた。
「ただいまー。あー。良い匂いがする。お腹空く匂いだねー。今日の晩御飯は──」
帰って来た紗奈の声が途中で止まり、俺と志津香の姿を見て硬直しちまった。
そりゃそうだ。
だって帰って来たら、幼馴染のお姉ちゃんが裸エプロンなんだもん。
意味不明だ。
俺は、スタスタと紗奈の方へ歩いて行って、トンと肩を叩く。
「紗奈……。志津香のやつ疲れてるみたいだから話し聞いてやってくれ。こう言うのは女同士の方が良いだろう」
なんとか落ち着いた声を出して紗奈に言うと、俺は早足で店を出た。
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