第19話 どの世界線もバグってやがる(水原蒼視点)

 わけわからんので、とりあえず町工房にやって来た。


 全開にしているシャッターからは、光が漏れており、カンッっと缶がぶつかる音が聞こえてきた。


「「「3杯目! きゃんぱあああああああああい!!!」」」 


 大学生みたいなノリで杯をかわす、身内と幼馴染夫婦。


 三人の様子を呆れた様子で見ていると、クマみたいな体をした志津香の父親と目が合っちまった。


「蒼ちゃん! 爽快感! いえっ!」

「きゃあ! パパ面白―い!」

「完ちゃん、僕と組んでお笑い界を牛耳ろうよ!」 


 あかん。こいつら出来上がっちまってる。


「蒼ちゃんやい。こんなところになんの用だい?」

「就職? 就職しに来た? 婿養子に来たの?」


 志津香の両親は基本的にめちゃくちゃ優しくってあまあまなんだけど、酔っぱらうとめちゃくちゃややこしい。


「あんたらの娘が、あんたら同様にバグったんだよ。親子三人で同じ日に同時にバグってんなよ」


 そう言うと、陸奥家の夫婦は顔を見合わせる。


 これは説明を要求していると見て、彼等に先程のことを説明してさしあげる。


「風呂から上がったら、志津香が裸エプロンで出迎えて来たんだけど」


 ごめん、志津香。言葉に表して改めて思う。どう考えても酔っ払いよりお前の方がバグってるわ。


「ふぅん」「へぇ」


「いや、反応うすっ!」


 えげつない真実を告げたつもりなのだが、この酔っ払いの夫婦は、


 全然大した話じゃないやんけ、もっと面白い話でも用意しろよ、ボケ。


 とでも言いたそうな反応をしてくる。


「志津香の裸エプロンはどうだった?」

「欲情した?」

「は?」 


 この幼馴染の両親様はなにを仰っておられるんだ? 訳がわからない。


「もうすぐ孫の顔が見れるのか……」

「うそー。もう、おばあちゃん? やだー」

「ママ。ママはおばあちゃんになっても世界で一番可愛いよ」

「もう。パパったら」


 待て待て。なにが悲しくて幼馴染の両親のイチャイチャを見せられなきゃならんのだ。


「おい! くそおやじ! あんたんところの親友が悪絡みしてくるから止めろ!」

「今、娘と電話中」

「息子はどうでも良いってか!?」 


 こちらの嘆きの中、ポンポンと俺の肩を叩く沙友里さんは顔を赤らめて言ってくる。


「蒼ちゃん。志津香の裸エプロンって……相当可愛いと思うのよね……」


 チビっとビールを飲んで遠い目をする。


 この可愛い系の中年はなにを仰っておられるのですか?


「その通りだよ。ちくしょうが」


 俺もなにを普通に肯定しているのやら。


「ゲポぉ! もう一本追加だぁ」 


 完太郎さんが楽しくなってきているのか、もう1本追加をしようとしていた。


「ちょっと、ちょっと完太郎さん。明日普通に平日なのに大丈夫なんですか?」


 平日にビール四本はやりすぎではないだろうか。あまり酒が強い印象もなし。


「へっへっへっ。個人事業主を舐めちゃいけねぇ。明日は休みにする。今、決めたお」

「じゃ、私も飲もっと」 


 それで良いのか個人事業主。


「風が泣いてる……今日は荒れるな……」 


 電話を終えたおやじがいつの間にか俺の隣に立って、ボソリと言い放った。 


 ちなみに工房内には工場扇(扇風機のでかいのん)が吹き荒れている。


 自分のおやじながら、アホすぎて泣けてくる。


「ヘタレの鈍感くそ息子よ」

「威厳のない甘い声すぎて、セリフとのギャップが凄い」

「今日は現場が荒れる前に帰るが良い」

「帰れって……。帰ったら、帰ったで裸エプロンの幼馴染がいるバグった世界線だぞ?」

「このあばずれ!」

「なんで!」


 なんで俺、罵倒された?


「こっちの世界線もバグってるなら、答えは一つ。裸エプロン幼馴染ルートでしょうが! なにを思って、酔っ払い中年ルートに入ろうとしているの!?」

「……!」


 電撃が走った。


 そうだよな。


 同じバグなら、美少女の方を選ぶよな。


「おやじ……。ごめん。俺が間違っていた。俺……裸エプロンの方へ戻るよ」

「うん。それがきっと蒼の運命のルートなんだよ。裸エプロンを極めたら、約束のあの丘で」

「ああ。約束のあの丘で」


 俺はクルリと背を向けて、バグった酔っ払い中年ルートに背を向けて、バグった幼馴染裸エプロンの方へと向かって行った。


 ちなみに、約束のあの丘ってなに? 適当に合わせたけど、そんな丘知らん。


 同じバグなら、やっぱり裸エプロンを選ぶな。うん。

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