第15話 自室にて悶える(水原蒼視点)

「ただいまぁ……」 


 カランカランと店の扉を開けながら帰宅の挨拶をする。


 放課後の時間。 


 授業が終わり、真っすぐ家に帰ると大体16時過ぎ。 


 この時間のカフェ、『くーるだうん』は、店の名前通りにピークタイムを過ぎて一休みするかのように客がいなかった。 


 この時間帯の客数は少ない。 


 昼間は主婦の方々で盛り上がっているらしいが、平日はワンオペでもなんとかなるって言ってたな。


「おかえりー」 


 カウンターではゴリマッチョが、ピークタイムで出た洗い物をしている様子が伺える。 


 普段ならすぐにでも手伝いに行くのだが、俺はそのままおやじの前を通る。


「蒼?」 


 いつもと違う動きに、おやじが首を傾げている。


「ごめん、おやじ。今日は17時からでもいい?」

「え? あ、う、うん。別に大丈夫だよ」

「ありがと……。洗い物置いといて。あとでやるから」

「うん」 


 とりあえずおやじの許可を得たので、俺はそのまま店の奥まで行って部屋に戻ろうとする。 


 階段を上がっている最中に下から声がした。


「蒼? なにかあったの?」 


 どうやら、いつもと違う行動におやじが心配して声をかけてくれたのだろう。


「んー。いや、べつにー」 


 心配してくれたのに失礼な話しだが、なんとも適当に答えてしまう。


「そっかー」 


 しかし、おやじは詮索するようなことはせず一言頷いた。


「志津香ちゃんとなにかあったな。ありゃ」


 そんな独り言を放ち持ち場に戻った。


 彼の独り言に反論することなく、俺は部屋に戻った。


 鞄をそこらへ適当に置くと、プールの飛び込み選手みたいにベッドにダイブした。


「あかああああああん!」


 プールの飛び込みの、ザバアアアアン! という水しぶきの音の代わりの絶頂を大音量で放った。


 一応、枕に顔を埋ずめて思いっきり叫んだ。


 あかん。あかん! あかん!! あれはあかん! あれはあかんて!


 ばたばたと、バタ足みたいにベッドでばたつかせる。


 志津香の玉子焼きとか! 志津香の抱擁とか! あんなん反則だろ!


 今日は全部反則だろ! なに!? あの優しく抱きしめてくれる感じ。


 惚れさそうとしてる!? 俺を惚れさそうとしてる!? 俺の頭の中、志津香で埋め尽くそうとしてる!? 残念! もうすでにべた惚れでしたあ! 


 クール系幼馴染が俺を惚れさそうとしてくるんだが、とっくの昔から惚れているのでもう遅い。


「ってかあああ!?」


 輝く匂い! 驚きの柔らかさ! 志津香あああ! 好きだあああ! 志津香好きだわあああ! 志津香しか勝たん!


「はああぁあぁぁ」


 向きを変え仰向きになり天井を見上げる。


「泣いてるところ……見られたな……」


 ただ、高校生にもなって、わんわん泣いてるところをがっつり見られてしまった。 


 でもあれは反則だ。


 1番沈んでいた時に作ってくれた料理。俺を救ってくれた料理だ。あんなもんは泣いてしまって当然だろう。


 志津香には何度も泣いている姿を見られているが、やっぱり多少なりとも恥ずかしさはあるな。男のプライド的には。


 それよりも、あれでは俺が志津香の玉子焼きをずっと思っていて、志津香にデレバレしてしまうのではないだろうかという不安は残る。


 でも、泣いてる俺を抱きしめてくれるとか、ガチもんの天女だわ。あの子。


 あの時間よカムバック!


『泣きたい時は、私がこうしてあげるから』


「優しすぎだろうがよおおおおおお! ふゅあみゅあああああ!!」


 ばたばたと足を最速でばたつかせてしまう。


 水泳部だったら絶対エースになれるわ。


 とか、思っていると、ガチャと部屋のドアが開いた。


「蒼?」

「みゅ!?」


 いきなりドアが開いて、俺は飛び跳ねるように起き上がる。


「あ、なんだ。良い方のバグリ方だったんだね」

「良い方のバグリ方ってなんだよ……?」

 

 おやじもたまに訳わからんこと言って来るよな。


「声。お店まで聞こえてるよ?」

「嘘!?」

「ほんと」


 そんなでかい声出てたのか。 確かに叫んだけど。悶絶してたけど。


「だから心配になってきたけど、その様子じゃ嬉しいことがあったみたいだし、良かったよ。僕もね、その嬉しさの余韻に浸って欲しいんだけど……。団体さんが来られたから出来たら手伝って欲しいと思ってさ」

「あ、ああ。す、すぐに行くよ」

「お願いー」


 言い残しておやじはカフェに戻って行った。


「はぁ……。ああ……志津香……。うん。よしっ!」


 パンパンと頬を叩いてベッドから立ち上がる。


 切り替えていこう。うん。


 あの余韻に浸っていたいのだが、仕事に入るんだから切り替えていけ。


『泣きたい時は、私がこうしてあげるから』 


 しばらくは志津香とまともの顔合わせられないかも……。

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