第13話 お弁当の攻防(水原蒼視点)

 志津香の奴。今日は弁当作って来てるのか?


 一昨日の学食で、いきなり志津香が弁当を作って来てくれるって言っていたが……。


 ただでさえ女バスで忙しいってのに大丈夫かよ。 


 しっかし、気を使って断る余裕もないほどのごり押しだったもんなぁ。


 え、ちょっと待って、え、そんなに俺へ弁当を作ってあげたかったということは、あいつ俺のこと好きなんじゃない? もしかしてデレてる感じ?


 ……いやいや、それこそちょっと待て蒼。それは早計が過ぎる。


『女の子にもモテない。友達もいない蒼が可哀想だから、明日はお弁当作ってあげるよ』 


 この言葉から、俺がモテないぼっちで可哀想だから作ってあげるって意味。つまり、お情けで弁当を作ってあげるってこった。


 あっぶねぇ。これをネタにデレ揺すりしようもんなら、


『あ、うん。深い意味はなかったから。なんかごめんね。勘違いさせちゃって』


 あうちっち。これはえぐい。枕を濡らすどころじゃすまない言葉のナイフが刺さるところだったぜ。


 これほどまでに長い付き合いの中、デレさせようとしても全く効かない志津香だ。 


 弁当を作って来てくれるのがデレに繋がるはずもなし。


 しかしだ蒼よ。


 志津香とランチってのに変わりはない。これはデレチャンス到来。 


 2人っきりの空間で広げるお弁当は、いくら無敵艦隊志津香でもつけ入る隙はあるはず。 


 その小さな隙を見逃さず、好きと言わせてデレさせてやらぁ。 


 パンパンと頬を軽く叩いて気合いを入れる昼休み。


 チラッと志津香の席の方を見ると、いつメンの女バスの人達と一言、二言交わしていた。


 立ち上がった彼女の手には、お弁当箱が二つ。 


 やば……。まじで作ってくれたんだ……。あれ、なんか泣きそうなんですけど……。 


 潤んだ瞳で見つめていると、がっつりと俺と目が合った。 


 パチンとウィンク一つ。


 おっふぃん!


 教室でなんちゅう破壊力抜群のもんぶっこんできやがる。流石は無敵艦隊志津香。油断してると足元をすくわれる。


 なんてやってる場合じゃない。


 ありゃアイコンタクトで、「こっち」だなんて合図してんだろう。それを察して、すぐさま彼女の後を追う。


 廊下に出ると、俺が追い付きやすいように歩みを緩めてくれていた。


 なんですかあなた、どこまでも天女ですね、とか思いつつも彼女と肩を並べる。


「どこで食べようか」

「そうだなぁ……」 


 学食と答えようとした自分の口を閉じた。


 いや、学食でも良いんだけど、そこは先日、志津香と過ごしたので今日は違う場所が良いだろう。


 うーん、でも、学食以外での昼の過ごし方を俺は知らない。 


 中学までは学校のルールで班になって、机を引っ付けて食べていたからな。  


 そして高校はずっと学食。 


 俺のランチタイムの過ごし方の乏しさよ……。


「あ」 


 なんとなしに廊下を歩いていると、窓から見えた景色に声を上げた。 


 なにごとかと志津香がこちらを見てくるので、俺は窓の外を親指で差した。


「中庭で良くない?」




 ♢




「人も少なくていいね」 


 中庭のベンチに座ると志津香が隣に座りながら言ってくれる。


「蒼のくせにナイスチョイス」

「くせには余計だろ」 


 くしゃりと笑いながら、志津香は弁当を手渡してくれる。


「はい。どうぞ」 


 受け取った弁当を見つめていると、志津香が首を傾げる。


「どうかした?」

「いや……。本当に作ってくれたんだなって」

「約束したからね」

「でも志津香。今日はわざわざ早起きしなくて良い日なのに、弁当なんて作って体は大丈夫なのか?」

「いつも早起きの蒼に言われたら嫌味にしか聞こえない」

「俺は慣れてるからな」

「私も慣れてるから大丈夫」


 同じセリフに互いに笑い合い、俺達って幼馴染してるなぁとか思ったりする。


「ん。じゃ遠慮なく……」 


 弁当箱を開けた瞬間だった。


「……!」


 その中身を見て、俺は固まってしまった。


 美味しそうに陳列されたお弁当のおかず。


 その中でも黄金に輝く玉子焼きをきっかけに、過去の記憶が蘇って来る。


『蒼のために毎日作りに来てあげるね』 


 小学5年生の時に言ってくれた志津香のセリフは今でも鮮明に覚えている。 


 母さんが天国に行ってしまい、塞ぎ込んでしまった時、食事もまともに取らずにいた俺へ志津香が作ってくれたのが玉子焼きだった。 


 心の支えになってくれた志津香の玉子焼き。 


 元気になるまでずっと作ってくれた志津香の玉子焼き。


「美味しそうでしょ?」


 懐かしいやら、ありがたいやら、志津香が好きやら、なんやらの感情が渦巻いて、彼女の問いに答えられずに箸で玉子焼きをつまむ。 


 久しぶりの志津香の玉子焼きを口の中に運んだ瞬間、限界だった。


「美味しいでしょ?」

「すん……! うっ……」 


 涙が出てしまった。


 志津香の玉子焼きが美味しくって、懐かしくって、それでいてあの頃と変わらずにいてくれた味。


 塞ぎ込んでいたあの頃。そこから抜け出させてくれた志津香の玉子焼きの味。


「蒼……?」 


 いきなり男が泣き出したら引くだろうに。そんな男を見ても、心配そうな眼でこちらを見つめてくれる。


「美味しくなかった?」

「ご志津香……。ちが……て……。昔を思い出して……」 


 ガバッ……。 


 上手く言葉にできずにいると、志津香が優しく俺を包み込むように抱きしめてくれた。


「ごめんね、蒼。そんなつもりじゃなくて……」 


 謝ってくる志津香に、謝る必要はないしむしろ感謝してる、って言いたいのだが、言えずにいた。


「泣きたい時は、私がこうしてあげるから」『泣きたい時は、私がこうしてあげるから』 


 小学5年生の時と全く一緒のセリフ。 


 あの時も志津香は俺を優しく抱きし志津香てくれた。 


 志津香がいたから、母親がいなくなった時もなんとか踏ん張れた。 


 彼女の優しさが俺を救ってくれた。 


 今日はデレるとかなんとかどうでも良い。


 俺は大好きな彼女の胸の中で泣いてしまった。

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