第8話 太陽の下の攻防(陸奥志津香視点)

 カフェテリア『くーるだうん』の店の前。 


 時刻は朝の情報番組が、リレーのバトンを渡すみたく切り替わっているだろう朝の8時。


 蒼は毎日、朝の二時間程度、店を手伝ってから学校に行く。


 それに合わせて今日もやって来た。


 手鏡で軽く前髪を整えて準備OK。


 このエモさの塊、陸奥志津香の前に悶えたまえ幼馴染くん。


 店のドアに手をかけようとした時。 


 カランカランという音を立てて勝手にドアが開いた。


「ぁ……」


 不意打ちを受けたと言わんばかりの声を漏らして、蒼が店から出てくる。


 そりゃそうだ。ドアを開けたら人がいるっていうのは誰でも驚くだろう。


 しかし、不意打ちを受けたのは蒼だけじゃない。


 おぐっ! なんというカウンター攻撃……。


 休日明けに見る制服姿の蒼は、太陽の光を浴びて輝いて見える。


 制服のネクタイをきっちりしている姿は、エリートサラリーマンですか? 仕事のできる先輩ですか?


 ネクタイ×イケメン=蒼。


 うん。好き。大好きです。


 共に富を築き上げて。あなたと温かい家庭を築きたいです。


 もう蒼しか勝たん。


 唐突に現れた好きピを前に、私は動揺して髪の毛をいじる。


「おはよう蒼。グッドタイミングだね」


 好きピを前にしたのなら笑うしかない。だから一旦微笑んでおこう。一旦ね。


「おはよう。志津香」


 なんで普通の朝の挨拶なのにかっこいいの?


 クールな笑みで朝の挨拶とかもう無理なんですけど。


 単純なことが一番強いって言うけど、本当それだわ。挨拶もらうだけでもう瀕死なんですけど。


「本当にグッドタイミングだ。俺も志津香のところに行こうとしていたからな」


 トドメ差しに来たの?


 まだ朝の挨拶しかしてないのに私を尊死させるの? 今すぐベッドに潜ってこの朝の出来事を妄想したいんですけど。


「そうだったんだ。でも、蒼は朝、お店の手伝いがあるでしょ。それなのに来てもらうのは悪いよ」


 お迎えに来きてくれるとか、蒼がそれやったらリアルガチの白馬に乗った王子様じゃん。


 そんなん学校休んで悶絶不可避でしょ。草も生えん。生えるのは私の蒼が好きという愛情だけ。


 私は何を言っているのだろう……。


「それで来てくれたのか。わざわざありがとうな」


 なんでこいつのありがとうはこんなにも優しいの? 太陽の光超えてるよ。優しさがオーバー・ザ・サンだよ。


「いえいえ。じゃ、行こう……」


 これ以上蒼の攻撃を受けていると、うっかりプロポーズしてしまいそう。


 回れ右して一旦、歩み出した。


「きゃっ!」


 足元がぐらついて、視界が傾く。


 あかん!


 動揺して変なところで転けそうにな──。


「志津香!」


 蒼が名前を呼んでくれたかと思うと、腕を引っ張っられて彼の胸元に引き寄せられる。


「っぶな……。大丈夫か、志津香」


 ひゃわわわわわわ……。!


 近い近い近い!


 蒼の意外にもある胸板が私の顔面と接触して、蒼の匂いを強く感じる。


 それだけでも心臓が爆速で稼働するって言うのに、見上げれば整った顔がある。


 このままキスしたらどうなるんだろう。


 ボンッ!


 なにかが破裂して、私の頭からは湯気が立った気がした。


 フルスロットルで加速した心臓は血液を一気に巡らせて、私の頭から湯気を立たせた。


 頬が自分でも熱くなるのを感じる。


「ふふ。蒼。私とぎゅっとしたかったのかな?」


 湯気を隠すようになんとか言葉を捻り出したった。


 ギリギリ出た言葉。


 頑張って表情を作って見せる。


「ばぁか。お前が転けそうなのを助けてあげたんだろうが」

「それに関しては感謝。ありがと」


 うん。それは本気で感謝なので、素直に礼を言っておく。


「でも、そろそろ離さないと、私と抱き合いたかったんだと勘違いされるよ?」


 もう私が限界だからね。


 これ以上密着してると溶けちゃうかもしれない。


 てか、私の心臓の鼓動とか作った顔がバレたらデレてるのがバレてしまうだろう。


「志津香がぎゅってして欲しそうな顔だったからな」


 うわああん! バレてんじゃん!


「そんな顔してないよ。ばぁか」


 なんとか否定しながらも、名残惜しいが離れる。


「そうなのか。俺の胸ならいつでも空いてるぞ」

「そ」


 いつでも? 今、いつでもって言った?


「また機会があれば借りるかもね」 


 絶対借りよう。もう1回レンタルしてやるんだから。


「あのぉ……」


 後ろから可愛い声が聞こえてきて蒼と共に振り返ると、呆れた顔をした紗奈ちゃんがセーラー服姿で立っていた。


「2人とも、そろそろ行かないと遅刻だよ?」


 紗奈ちゃんの注意に蒼と顔を合わせてクールに頷いた。


「もう、そんな時間なんだね」

「おっと」


 こっちは冷静を装い、向こうは余裕しゃくしゃくで言ってのけると、蒼と共に歩き出した。


「兄さんと志津香ちゃんは朝からラブラブだねぇ」


 呆れた紗奈ちゃんの声が聞こえた気がした。

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