第7話 太陽の下の攻防(水原蒼視点)

 朝の2時間、店を手伝って学校に行くのが俺の日課だ。


 制服の上からしていたエプロンを外し、キッチンの奥にあるハンガーラックにかける。


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」


 おやじの行ってらっしゃいをもらい、常連さんに軽く会釈してから店のドアから家を出た。


「ぁ……」


 店のドアを開けた瞬間、不意打ちをくらっちまう。


 志津香が目の前に立ってやがった。


 おっふっ! 目が、目があああぁぁぁ……!!


 目が良い意味でやられてしまう。


 この天女様は月明かりの下だけではなくとも、太陽の下でも天女なのですか。


 綺麗すぎるだろ、志津香の髪。


 きらきらで、つやつやで、さらさらなの、なぁぜなぁぜ。


 彼女の髪に視線を奪われていると、髪を耳にかけ、太陽よりも眩い笑みを放ってくる。


「おはよう蒼。グッドタイミングだね」


 こちとら、髪を耳にかける仕草だけで尊死寸前だってのに、クールな笑みの中に可愛さを含んだ微笑みとか、この天女様はどれほどの爆弾をお持ちなのですか?


「おはよう。志津香」


 なんとか爆死を耐え抜いて朝の挨拶を返す。


 髪だけに油断するな蒼。


 相手は無敵艦隊だ。


 なんせ頭の天辺から足の先まで、360度見渡す限り美少女。


 絶対に油断するな。


 気を張れ。


 そしてデレさせる機会を伺え。


 内心で気合いを入れてから、セリフを返す。


「本当にグッドタイミングだ。俺も志津香のところに行こうとしていたからな」


 それは本当である。


 今日は志津香の朝練がない日。


 もちろんチェック済みだ。


 朝練がない日は朝の登校でデレさせるチャンス。


 白馬に乗った王子様作戦よろしく、志津香をお迎えに行こうと思っていたのだが……。


 あ、いや、自分で王子様とか言って痛い奴だってのはわかる、わかるけどね、脳内妄想は個人の自由だから許してください。


「そうだったんだ。でも、蒼ってお店の手伝いしてるでしょ。それなのに来てもらうのは悪いよ」


 なにこの天女。性格も天女だわ。


 クールの中に優しさとか見せられたら惚れてまうやろ。あ、うん。もう既に惚れてもうてるんだけどね。


「それで来てくれたのか。わざわざありがとうな」

「いえいえ。じゃ、早く行こう」


 志津香が回れ右して歩み出そうとした時、「きゃっ!」という短い悲鳴とが聞こえた。


 なにもない場所で彼女は転びそうになっていた。


「志津香!」


 すぐさま彼女の腕を引っ張って胸元に引き寄せる。


「っぶな……。大丈夫かよ、志津香」


 って……。


 あわわわわわわ! 近い近い近い! 志津香の整い過ぎた顔が胸元にあり、心臓がアクセルをフルスロットルで加速させる。


 フルスロットルで加速した心臓は血液を一気に巡らせて、俺の頭から湯気を立たせた。


 頬が自分でも熱くなるのを感じる。


 キスできる距離。 


 うはぁ……。キスしてぇ……。


 なんて悠長な考えがちょっとだけ過るが……。


 無理無理無理無理無理無理!


 朝から刺激強過ぎぃ!


「ふふ」


 こちとら内心お祭り騒ぎだってのに、胸元にいる天女様は相変わらずのクール具合であった。


「蒼。私とぎゅっとしたかったのかな?」

「ばぁか。お前が転けそうなのを助けてあげたんだろうが」

「それに関しては感謝。ありがと。でも、そろそろ離さないと私と抱き合いたかったんだと勘違いされちゃうよ?」


 ぐっ……。


 確かにだ。


 転けそうになった女の子を引っ張って助ける。


 それがたまたま胸元までひきよせたってまではわかるが、こんなにも、ぎゅっとしていると志津香にデレていることがバレてしまう。


「志津香がぎゅってして欲しそうな顔だったからな」


 なんとか離れない口実を探すけども、


「そんな顔してないよ。ばぁか」


 やっぱりだめでした。


 彼女は焦る様子もなく、ゆっくりと俺から離れる。


「そうなのか。俺の胸ならいつでも空いてるぞ」

「そ」


 冗談混じりの本気のセリフを簡単にかわされてしまった。


「また機会があれば借りるかもね」


 大人の返しが妙に辛い。


 もう志津香も高校二年だし、そんな冗談なんか本気にしないってか。


「あのぉ……」


 後ろから愛おしい声が聞こえてきて、志津香と共に振り返る。


 呆れた顔をした紗奈が、セーラー服姿で立っていた。


「二人とも、そろそろ行かないと遅刻だよ?」


 紗奈の注意に、志津香と顔を合わせてクールに頷いた。


「ああ」

「もう、そんな時間なんだ」


 こっちは冷静を装い、向こうは余裕しゃくしゃくで言ってのけると、志津香と共に歩き出した。


「兄さんと志津香ちゃんは、相変わらずラブラブだねぇ」


 呆れた紗奈の声が聞こえた気がした。

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