第6話 いつもの朝(陸奥志津香視点)

 陸奥家の朝は早い。 


 自営業で細々と経営しているため、両親は毎朝早くに床から背中を離し、工房で働く。


 大好きな両親なので、私自身も合わせるように早起きとなった。 


 早起きのメリットは大きい。


 特に、女バスの朝練の日なんかは早起きのメリットが際立つ。


 みんな寝ぼけまなこの中練習しているが、早起きが得意な私は、しっかりと練習に身が入る。


 女バスの朝練は日によって、ある日とない日に分かれる。 


 バレー部やバドミントン部、ハンドボール部等の体育館を使用する部活と被らないように配慮されているからだ。 


 毎日朝練をした方がチーム全体が強くなるし、自分自身のレベルアップになると思うが、疲労困憊の中で練習をしても成長速度が鈍くなる人もいるだろう。 


 休暇という意味では女バスの朝練は、日によってない日があっても良いと思う。 


 私の場合は違う意味も含まれるけどね。 


 朝練のない日はチャンスの日。 


 蒼をデレさせる絶好のチャンス。 


 そのために、朝練がない日も早起きしてお風呂に入る。 


 特に髪には気を使う。 


 シャンプー後の髪をしっかりタオルドライしてトリートメント。 


 ヘアオイルを絶妙な量を調整して髪になじませる。 


 髪の中間から毛先に向かって髪の毛を握るように浸透させていく。 


 もう、この技術はスリーポイントシュートよりも上手くなっているだろうね。 


 仕上げはドライヤーで見事な、さらつやモテ髪へと大変身。


 蒼のやつ。朝からこんなに健気に支度してる幼馴染にデレないなんて、どういう神経してるんだ。ばかやろー。


 文句を垂れながら制服に着替え、女バス指定のエナメルを背負って、工房の方から自宅を出る。


「お父さん。お母さん。おはよう」 


 基本の挨拶。 


 これは両親からも、部活動でも教えてもらった基本中の基本。 


 朝の挨拶をするために工房へと足を運んだ。 


 工房ではお父さんとお母さんが既に働いている。 


 二人は作業台の丸椅子に腰かけてタブレットを見て話し合いをしていた。 


 そんな両親が私の姿を見るや否や、「おはよう」と同時に挨拶を返してくれたかと思うと、すぐに話題を振ってくる。


「志津香。ちょうど良いところに」

「どうかしたの?」 


 適当に転がっている丸椅子を転がして、作業台のお誕生日席に腰を下ろした。


「次はこんな感じのペンケースでも作ろうと思うんだけど、どうかな?」 


 タブレットをこちらに向けながら聞いてくるので画面を見る。 


 画面には、可愛いリスとネコのキーホルダーが付いたペンケースが写っていた。


「革製品だから現場用のペンケースなんだけど、これなら学生さんも使えるかと思って」

「うーん、でもパパ? 今の学生……というか私達が学生の頃でも、これは使いにくいんじゃないかしら。ねぇ? 志津香」

「そうだね。可愛いとは思うけど、私達は使わないかな。学生って別にペンケースにめちゃくちゃお金かけてる人いないと思うし。これ、本革だから値段も一万円程度でしょ? 学生のペンケースに一万円は高いかな」 


 素直な意見を言うとお父さんは、うんうんと頷いて聞いてくれる。


「そうだね。お父さんも学生だったら使わないか。OK。ありがとう参考になったよ」

「やっぱり、学生向けの商品を聞くなら学生に聞くのが一番よね」 


 朝のちょっとした時間、ちょっとした意見でも両親の役に立てたのなら良かったと思っていると、お父さんが目を細志津香て私の髪を見た。


「今日も蒼ちゃんのために綺麗にしたんだね」 


 その言葉にお母さんも続く。


「今日も蒼ちゃんのために可愛くなったわね」 


 それを聞いて、大きなため息が出てしまう。


「これを見て蒼はなにも思わないんだよね」 


 私の嘆きの声に二人は顔を見合わせて、クスリと笑った。


「大丈夫、大丈夫」

「そうそう」


 笑いながら言ってくる二人が適当なことを言っているのが伝わり、私は唇を尖らせた。


「だと良いけどさ。それじゃ、学校行ってきます」


「「行ってらっしゃい」」


 お父さんとお母さんの行ってらっしゃいをもらい、私は工房から家を出た。


 目指すのは学校──ではなくて蒼の家。


 カフェ、『くーるだうん』だ。


 そりゃ当然、朝練のない日は蒼を迎えに行ってデレさせるチャンスなんだから、行かない手はないでしょ。

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