第5話 いつもの朝(水原蒼視点)
水原家の朝は早い。
枕元で響くアラーム音。
眠たい目をこすりながらアラームを止め、体に鞭打つみたいにベッドから無理やり起きる。
今日は特に眠たかった。
なぜなら昨日、志津香から借りたプロ野球名鑑を夜通し読んでいたからだ。
プロ野球はたまに見るし、内容はそこまで苦ではなかった。
それでも夜通し読んだ代償は大きい。
非常に眠たい。
だが、学校を休むわけにはいかない。
学校には志津香をデレさせるイベントが盛りだくさんだからな。
それを眠たいのを理由に休むなんて正気の沙汰じゃない。
ついでに言うと、学生の本分は勉学。一応、勉強もしないとな。
眠たい頭で、ごちゃごちゃ考えながら寝間着代わりのジャージーを脱いで制服に着替える。
今は梅雨入り前の季節。季節柄、学校では夏服が推奨されている。
夏服と言っても、ブレザーを脱いだだけのワイシャツに学年色の赤色のネクタイ。下はスラックスのなんの特徴もない制服。
女子はネクタイがリボン。スラックスがスカートになるだけだが、着る人が着れば学校指定の制服もおしゃれ着に大変身。
実際、志津香が制服を着ただけで雑誌のモデルを余裕で超えてるもんな。
今日も志津香の制服姿が拝めるのを感謝しながら、学習机に置いてあるプロ野球名鑑を鞄に入れて部屋を出る。
自宅兼カフェの2階には、おやじと俺と紗奈の個室があり、階段を降りるとすぐにカフェ≪くーるだうん≫がお出迎え。
今日も既に起きているおやじがキッチンでコーヒー豆を焚いているのがわかる。
俺は1階の居住スペースにある洗面台に向かい歯を磨いてから顔を洗う。
洗面台の鏡の中は収納スペースとなっているので、その中にあるワックスを取り出すと、適当に付けて髪になじませる。
俺は結構くせっ毛だから、簡単に無造作ヘアが完成するので、セットに5分もかからない。
石鹸とお湯で手に付いたワックスを笑い流すとカフェスペースへ移動する。
「おふぁ~ょ~」
顔を洗ったのに欠伸をしながら朝の挨拶をしてしまったので、カウンターでコーヒーを焚いているおとんが珍しいと言わんばかりの顔をした。
「昨日、夜更かしでもしちゃったのかい?」
流石は俺の親を16年と9カ月しているだけのことはある。
一瞬で見抜かれたことに対して「まぁねぇ」と答えながらカウンター席に座り、隣の席に鞄を置いた。
「普段夜更かしをしない蒼が夜更かしってことは……。志津香ちゃん関係かい?」
「ふっ」
これまた流石はおやじ殿。なにもかもお見通し過ぎて俺は隣に置いてある鞄から、プロ野球名鑑を取り出した。
「こいつを昨日、丸暗記してね」
「志津香ちゃんの本?」
「ああ。中身はこれだ」
そう言っておやじに中身を見せると、疑問の念が浮かび上がっていた。
「プロ野球名鑑? それ、一夜漬けで丸暗記したの?」
「ああ」
「なんで?」
「なんでって……。そりゃ志津香をデレさせるチャンスかもだろ」
「プロ野球選手の年棒を丸暗記して志津香ちゃんがデレるのかな?」
「それは……わからん……」
「はぁ……」
朝からおやじは呆れたため息を吐くと、いつもの朝のコーヒーを淹れてくれる。
「その情熱をもっと素直な方向に持っていけば良いのに」
「志津香は素直なだけで通用する女じゃないんだ」
「恋は盲目とはよく言ったものだよね」
言いながらおやじはコーヒーを俺に差し出してくれる。
いつものコーヒーを飲んで、眠気が多少飛んだ気がした。
「さて……と。ぼちぼちと動きますか」
コーヒーを飲み終えると立ち上がり、店の開店準備を始める。
昨日取り込んだ看板を出して、おやじに今日のモーニングのおすすめを聞く。
おやじの言った通りのメニューを書いて一旦、ドア付近に仮置きしておく。
そして、店内の掃除、備品の補充など細かいことを作業をしているとあっという間に開店5分前となる。
看板を店の前に出すために外に出ると、常連さんの老夫婦が店の前で待ってくれていた。
「おはようございます。佐藤さん」
「はい。おはよう」
「どうぞ。ごゆっくりおくつろぎください」
「蒼ちゃんは若いのに言葉使いが丁寧だねぇ」
「いえいえ。ぼくなんてまだまだですよ」
「彼女の志津香ちゃんも可愛いし。妹の紗奈ちゃんも可愛いし。良い男には良い女が寄ってくるものだねぇ」
「あー。やっぱり志津香って彼女に見えます?」
「そりゃもう。お似合いだねぇ」
「えへへ。そっすかね……」
側から見ればお似合いか。
くっ……。今のを志津香に聞かせてやればデレたかもしれないのにな。
そんな常連さんの嬉しいお言葉をもらってカフェテリア≪くーるだうん≫は今日も5分早い開店となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます