第2話 カフェくーるだうんの攻防(陸奥志津香視点)

 カフェテリア、『くーるだうん』のいつもの席。


 お気に入りの席で文庫本を開き、読んでいるフリをする。


 この席からは店内のキッチンの様子が良く見える。 


 文庫本を盾に、キッチンで先程私が頼んだカフェラテを淹れてくれるのは、私──陸奥志津香の幼馴染である水原蒼。 


 ちゃんとセットした無造作ヘアは少女漫画に出て来そうな髪型。 


 キリッと目力のある瞳。意外と長いまつ毛。


 身長は167センチの私より10センチ大きい177センチ。 


 カフェの制服から伸びる長い手足。腕まくりしてる細マッチョな腕。 


 アイドルというより俳優と言った雰囲気。 


 めちゃくちゃイケメン。もう、すごいイケメン。ドストライク。


「反則。今日もかっこ良すぎ」 


 周りに誰もいないので、ついつい声に出してしまう。 


 カウンター席に座ってこんなこと聞かれたら大変なことになっちゃうからね。 


 私がこのテラス席を好きなのは、ここから蒼のバイト姿が良く見えるのと、見つめているのがバレにくいのと、声を出してもバレないって点からだ。 


 今日は午後から部活がある。午前中は家でゆっくりしたかったけど、ここに来たのにはちゃんとした理由がある。 


 それは、蒼成分を接種しないといけない。 


 私は彼のことが昔から好きだ。 


 いや、大好きだ。 


 絶賛片思い中の身である。 


 厳しい練習前に目の保養をしないとやってけない。


「あ、やばっ……」 


 カフェラテが出来上がったのか、蒼がキッチンから出てテラス席に向かってくる。 


 私はすぐさま視線を文庫本に向ける。 


「お待たせしました。カフェラテです」 


 父親譲りの甘い声が私の耳に響いた。 


 本を閉じて彼のことを見つめてしまう。 


 もう、それだけで脳が幸せなのに、おまけにイケメンとかなんなの? 私をどうしたいの? どうにでもしてよ。 


 あ、やばい。ちょっと見過ぎたかも。


「蒼。私のこと好きでしょ?」 


 見ていたのを誤魔化すように質問する。


「志津香。いきなりだな。なんでそう思う?」 


 カマをかけるような質問だったのに、蒼はリアクションをなにも起こさず、普通に幼馴染全快って感じで返してくる。


「さっきから私のこと見てた」 


 見てたのは私なんですけどね!


 めちゃくちゃ見てた。もうなめるように見てたのは私なんですけどね。


 私の質問に、なにも動じないのが悔しくて言ってやると、クールな笑みを浮かべて答えてくる。


「カフェラテのご注文をされたお客様の確認……。ってことなら志津香を見たけど?」 


 見ててくれてる! 私のこと見ててくれてる! 


 内容はなんであれ、蒼が私を見てくれていることが嬉しくて飛び跳ねそうだ。


「そ」 


 なんとか冷静を装い、素っ気ない声を出して、飛び跳ねそうな気持ちを誤魔化すようにカフェラテを飲む。 


 うまー……。


 蒼の淹れてくれたカフェラテうますぎ。


 あれだね。蒼が淹れてくれたからだろうね。 


 うますぎて飛びそう。既に嬉しくて飛び跳ねそうだけどね。


「志津香こそ俺のことがすきなんじゃないのか?」 


 ぶふっ! 吹き出してしまいそうな核心を突く強烈な一言を放ってくる。 


 震える手をなんとか抑えて、コーヒーカップをテーブルに置いた。


「どうしてそう思うの?」 


 むせかえりそうな声をなんとか絞り出して、首を傾げておく。


「本を読んでいたなら俺のことなんて視界に入らないと思うが……。本を読んでるフリして俺を見てたのかと思ってな」 


 バレてんの!? 本を盾にして見てるのバレてるの!? うそでしょ!? 鋭すぎない!? 頭もキレるとかどんだけスペック高いの!? ああ! もう! 好き! 


 でも……デレたら負け。 


 蒼は世界一クールな私の王子様。 


 告っても玉砕してしまう可能性がある。 


 告白を確実なものにするためにも、蒼が私にデレないとダメなんだ。 


 蒼の頭の中を私で埋め尽くさないといけない。 


 だから、あのクールな笑みをぶっ壊して、私無しじゃ生きられない程デレデレにさせてからアマアマな生活を送るのだ。 


 とか、脳内で妄想を垂れ流している場合じゃないよね。


「ふふ」 


 適当に笑って時間を稼いで、なんとか言い訳を思いつく。


「私はバスケ部でポジションはポイントガード。コート内の司令塔。視野が広くないとできないポジション。ほら、鷹の目なんて言葉があるでしょ。私の視野は鷹の目並に広いんだよ。だから、本を読んでても蒼が私のことを見てるってことは一目瞭然」 


 やばい。 いきなりなにを言ってるの私。


 ばかなの?


 急にバスケの話しとか蒼は求めてないでしょ。 


 なにが鷹の目よ。そんなに視野広くないし。なにが一目瞭然だ。 


 うそうそうそ。どうしよう。どうしよう。


「そんな女バスの鷹の目様がいつまでもカフェでのんびりしていて良いのか?」 


 脳内パニックの中、神が味方した。 


 蒼が奇跡的に話題を変えてくれた。 


 乗るしかないでしょ。このビッグウェーブに。


「おっと……」 


 子芝居風に声を出して、スカートのポケットからスマホを取り出した。


「もう、こんな時間なんだ」 


 時刻は11時35分。


「ふふ。ゆっくりし過ぎた」 


 練習は13時からだから、まだまだ時間に余裕はある。 


 だけれども、これ以上ここにいたら墓穴を掘るかもしれない。 


 名残惜しいが、今日の蒼成分はこれ以上の接種は危険だ。 


 最後の〆に、蒼成分の入ったカフェラテを飲み切る。 


 最高に美味しい蒼のカフェラテ。 


 テーブルの下に置いていたバスケ部の指定エナメルバックを持って立ち上がる。


「またね。蒼」

「ああ。部活がんばれよ」 


 トゥックゥン! 


 蒼の一言が午後の練習を活性化させるエネルギーとなった。 ありがとうの意味を込めて微笑むと、足取り軽く店内へ入って行った。


 店内にはお昼ご飯を食べに来ている常連さんが数名と、カウンターに蒼という奇跡を育てた彼の父親のゴリマッチョ純一さんがコップを拭いていた。


「純一さん。また来ます」

「いってらっしゃい。志津香ちゃん」


 蒼と同等の甘い声をバックに私は足取り軽く店内を出ると学校の方角へと向かって行った。


「あ、本忘れた……」


 でも、これはこれで蒼に会いに行けるチャンス。


 部活終わりに取りに行くのを言い訳に、夜に部活で失ったコウ成分を接種しよう。

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