ストーリー:4ー2 谷底の再会・2



「なんで、なんであんなに……あんなに一緒にいたのに……!」


 震えながら、少女がナツにすがりつくようにその身を押しつける。

 それをナツは、わけがわからないとばかりに困惑しつつも、跳ねのけはしなかった。


「えっと……」

「ナツのバカ、ナツの嘘つき、ナツの裏切り者!」


 怒りが、そこにはあった。

 悲しみが、そこにはあった。


「急に置いてけぼりにされて、もう会えないって、なんだよ! わけわかんねぇんだよ!」


 そして何より、思いもよらないほどの、寂しさがそこにはあった。



「もうずっと、会えないって思ってて、なんでって、わかんなくて……んな、いきなり……」


 正直に言って、理不尽な感情をぶつけられている。

 だがそれでも、次々と投げつけられる罵倒も、弱々しく胸に叩きつけられる握りこぶしも、全部受け止めて。


「……ごめん」


 ナツはただ、心の底から謝罪の気持ちを口にした。

 そうしなければいけないと、不思議となんの疑問もなしに、実行できていた。



「ううーーー!!」


 素直な謝罪の言葉に、少女はより強い力でナツに抱きつき、泣きじゃくる。


「あの時は本当、俺も急に出ていくことになって、ほとんど誰にも挨拶なんてできなかったんだ。それに、隈本に行ってしばらくは、気が抜けてしまってて……」


 心を取り戻した後は、一心不乱に準備期間にあてがった。

 だから。


「あの時からこの間まで、一度も俺は、五樹村ここに戻ってこなかった……んだよな」

「そうだ! 何一つ連絡なんてなかった! だから、アタシは……!!」


 昨日、ワビスケも言っていた。

 ナツが五樹村に戻ってくることはないと思っていた、と。


 きっと、五樹に住む妖怪たちはみな、同じ意見だったに違いない。

 あれだけ親しく過ごしていたとしても、別れる時は一瞬。


 ひとたびプツリと切れた縁は、まず間違いなく結び直されることはないのだ、と。

 思えば協力者があれだけ少なかったのは、そんな思いの表れだったのかもしれない。



「バーカバーカ! ナツのバーカ! クソボケおたんこなす!」


 そんな中でも、この妖怪は、ナツとの別れをとても惜しんでいたのだろう。

 惜しんでくれていたから、有り得ないと思われた再会に、これほどまでに心を揺さぶられている。


 それが、痛いほどにナツには伝わっていて。


「……ごめん」


 だから2度目の謝罪の言葉も、彼の口から自然と零れていた。


「うるせぇバーカ! バーカ……」


 少女の罵倒も、勢いがなくなっていく。


「………」

「………」


 そしてどちらも黙りこくって、川の流れと蝉の声が、再び舞台を支配する。



「………」


 返す言葉もないナツと、自分の理不尽をわかっている妖怪少女の、無言の時間。


「……なぁ」


 その時間を終わらせたのは、少女が再び問いかける声。

 ナツにうずめていた体を離し、再び彼の顔を見上げる姿勢を取る。


「お前、帰ってきたんだよな?」


 探るような、すがるような視線。

 息を呑むほどの美少女から向けられるその眼差しに、ナツの胸は絞めつけられる。


 思わず抱き締めてやりたくなるほどの魔性を前に、けれどもナツは、誠実さを選んだ。


「ああ。俺は帰って来た。五樹村に、みんなのところに!」


 力強くこぶしを握り、胸の前で構えてみせる。

 強気な笑顔で、真っ直ぐな瞳で、少女に向かって頷いて。



「俺はここで、みんなのために、俺に出来ることをやりに来た。そのために、キミの力が必要なんだ」

「……アタシの、力が」


 今度は無視をしない。そっぽを向かない。

 ナツの言葉を受け止めて、少女はそれを、噛みしめる。


「俺たちのために、五樹の妖怪たちのために、協力してくれ」

「………」


 視線を交わす。

 空の青を宿した瞳と、川の青を宿した瞳が交差した。



「……わかった。協力する」

「ありがとう。……っしゃあ!」


 少女の了解に、ナツはその場で静かにガッツポーズを決めた。


「間違いなく百人力。いや、それ以上だ!」

「へっ、へへへ。そんなにか?」

「そんなにだって!」


 ナツの喜びように悪い気がしない様子の少女が問えば、ナツはその喜びのままに答える。


「まず見た目! 俺の技術でどこまで再現できるかわからないけど、間違いなく可愛い!」

「へっ?」

「次に話し方! こんなに可愛い見た目にストレートな物言いは絶対に人の心を掴む!」

「はぇ」

「そして何より、性格! 俺、こんなに強い思いをぶつけられたの、久々かも! それだけ強く心を伝えられるなら、きっと、みんなキミに夢中になる!!」

「ほ、ぁ、ぇぁ……」


 次々と飛び出すナツの褒め言葉に、少女の顔がみるみる赤く染まっていく。


「他には」

「ま、待って! 待って! 待て!」

「え?」

「もういい、もういいから! もう十分だって!」

「そう?」


 ナツがなおも何か言おうとしていたのを止めて、少女は肩で息をしながら気持ちを整える。


「と、とにかく。アタシがナツの力になるってことはよーくわかったから!」

「そうか! なら……!」


 笑顔のナツが、手を差し出す。


「改めて、よろしく頼む! えーっと……」


 結局、この子が誰だったのか、ナツは思い出せなかった。

 こんなにも自分を想ってくれた子なのだから、どうにかこうにか思い出したかったが、それが叶わずバツが悪そうに苦笑する。


 そんな彼の心持ちを、少女は察し、しかし、浮かべたのは意地の悪い笑顔で。


「わからねぇのか?」

「うぐっ」


 改めて問いただされて、いよいよ顔をしかめたナツに、少女はようやく、己の中の溜飲を下げた。

 何年も何年も溜め込んだ心を、吐き出して。



「んじゃ、改めて自己紹介だな」

「ごめん。ありがとう」


 満面の笑顔で、少女がナツと手を結ぶ。


「アタシはミオ。ガラッパのミオだ。また一緒に、いっぱい遊ぼうな、ナツ!」

「…………ぇ」


 出された名前と、今昔の姿との違いに。


「……はぁぁぁーーーーーーーーーーーー!?!?!?」


 堪らず上げた、ナツの叫びは。


「おー、ほっほっほ」

「へっ、ざまぁねぇぜ」

「もぐもぐ」


 谷底から響き渡り、ナツの家の縁側でスイカを食べる仲間たちにもよーく聞こえたのだった。



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