ストーリー:4ー1 谷底の再会・1



 足りないモノについて話をした次の日の朝。

 ナツは五樹村の中心部から外れた、谷の底、カワベ川沿いを歩いていた。


 目的はもちろん、配信者となってくれる女の妖怪のスカウトのためだ。


「うーーん……」


 凸凹している大小さまざまな石が転がる道なき道を器用に歩くナツは、しかしその表情に疑念を浮かべていた。



「本当にここに、配信やってくれそうなとびっきりの美少女妖怪ってのがいるのか?」


 ナツがカワベ川を訪れたのは、オキナに勧められたからだ。

 彼としては当初、別の人に話をしに行こうと思っていたのだが、それよりもこっちの方が協力を得られる可能性が高いおもしろそうだからと押し切られ、足を運ぶことになったのである。



「ヒサメさんたちなら、言えば手伝ってくれると思うんだけどなぁ」


 自分の心当たりの名を出しながら、指示された場所を目指して進む。

 そこは五樹村の人々や観光客が楽しむ川岸よりも奥の、より自然深いところ。


 あまり人の手が入ってない場所だが、ナツにとっては懐かしい場所だった。



「あー、この辺。ミオとよく遊んでたところか」


 彼が思いだすのは幼少期の一幕。

 流れの穏やかなところでパシャパシャと、小さな妖怪と一緒に遊んだ記憶。

 ある日は一緒に泳ぎ、相撲を取り、水面に石を投げ合い、共に山を駆け巡った。


 多くの妖怪たちとの交流の中でナツと最も関係が深かった一人が、そのミオだった。

 ホーイ、ホーイと鳴くばかりで真っ当に意思疎通が出来ていたとは言えないが、それでもナツは、とても仲良くしてもらっていたとその思い出を振り返る。


 あの頃は、そんな日々がずっと続くと信じて疑わなかった。



(ミオは確か、セコって妖怪だったよな。山の水場にいる小さな水妖。また会えたらいいな)


 あの日、妖怪たちの前で動画配信しようと提案した時。

 五樹村中にナツの帰還の報は届き、集まれる妖怪たちはみんな集まっていた。


 だが、残念ながらその中に、ミオの姿はなかった。



「俺がいない間に弱ってしまって、村まで来れなくなったのかもしれないしな。案外ひょっこり出くわすかもしれないし、よーく目を凝らしておこう」


 温かな記憶を思い出して、ナツの踏み足に力が増す。

 踏みしめた砂利の音が、清水流れるせせらぎに混じってくしゃりと鳴り渡った。



 そうして辿り着いた、目的地。


「……」

「………ほぁ」


 川の流れをせき止め歪める、苔むした大岩の、その上に。


(……すっごい綺麗な子)


 ナツが目を見張るほどの、とびっきりの美少女が腰かけていた。



      ※      ※      ※



 大岩に腰かけた美少女は、遠く遠くを見つめていた。


「………」


 カワベ川の清流が、そのまま形を得たかのような存在だと、ナツは思った。


 年の頃は、高く見積もっても15,6。一部を除き中学生かと見紛う小柄な少女である。

 腰まで伸びるツインテールは、流れる水でそのまま線を引いたかのような水色。その瞳もまた淀みない透き通る青を湛え、バチリと揃うまつ毛が美しい曲線を描いている。

 元はとても白い肌なのだろう面差しは日を浴びて淡く健康的に色づき、同じく日に晒されている小柄ながらに肉感的な四肢と共に、強い生命力に溢れている。


 一目見てわかる美少女ぶりに対して、彼女の纏う衣服はシンプルなノースリーブの水兵服にホットパンツを組み合わせたボーイッシュスタイル。それが中性的な雰囲気を作り上げるかと言えば、むしろ逆、その背格好に似合わぬたわわに実ったバストやヒップ、太ももが強調される、かえって女性的なラインをアピールする格好となっている。

 それは今この時こそ大人しく、美しく見える清水の流れが、時にすべてを易々と押し流してみせる激流を隠し持っているということを、わかりやすく示しているかのようだった。



「………」


 およそ現実的ではない、人目を惹く容姿。

 水場にいることでさらに引き立てられる存在感。


(オキナが言ってたとびっきりの美少女ってのは……間違いなく、この子だ)


 ナツはそれを見て、一目で彼女が人ならざる――妖怪であることを理解した。

 同時に、これだけの美少女ぶりであれば、2Dにデフォルメされたガワを被ったところで、十分に人々の注目を集められるだろうと確信した。


 正直これだけの美人を相手に、緊張しないではいられない。

 それでもナツは、自らの目的のため、勇気を振り絞って声を上げた。



「そこのっ、妖怪さん!」

「!」


 思わず、わずかに声が上ずったのを恥ずかしがる暇もなく、言葉を続ける。


「初めまして! 俺は、先日五樹村に帰って来た、人間の水木夏彦! 貴女に頼みたいことがあって、油すましのオキナの紹介でここまで来た!」

「………」


 声を張ったが、相手からの反応はない。

 顔を背けられ、目も合わせて貰えない。


「………」


 だが、逃げられてもいない。


「実は俺、動画配信して、五樹村の妖怪たちに配信者やってもらって、みんなに力を取り戻してもらおうって考えててさ! 今、それに協力してくれる仲間を探してる途中なんだ!」


 だから、ナツは一方的にでも用件を伝えていく。


「今、俺たちに足りてないのは、可愛い女の子なんだ! オキナにここに、とびっきりの美少女がいるって聞いて、俺、正直半信半疑だったんだけど、でも、今はここに来て良かったと思ってる!」


 ピクッ、と。

 少女が小さく身じろぎしたのを、ナツは見逃さなかった。


「オキナが言ってたのは、間違いなくキミのことだ! 一目見てわかった! そのビジュアルなら、間違いなく多くの人を魅了できる! どうか俺に、俺たちに、力を貸して欲しい!」

「………」


 言い切って、頭を下げる。

 言葉が途切れ、辺りは川のせせらぐ音と、遠く山々から響くセミたちの大合唱に包まれた。



 ……どれだけの時間そうしていただろうか。

 ふと、ナツの耳に、何かが砂利を踏みしめる音が聞こえた。

 下げたままの頭で見た地面に、赤い運動靴の靴先が混じった。


「………」


 ゆっくりと体を起こせば、目の前に、先ほどの美少女が立っている。

 ナツの胸元くらいしかない身長は、彼が体を起こしきってしまうと見下ろさざるを得なくなる。

 失礼になるかもしれないと彼はすぐさま腰を落とそうとしたが、少女の手がそれを止めた。

 代わりに彼女が顔を上げ、ジッと、ナツに目を合わせる。


 吸い込まれそうな深い青に、しかしナツは気づく。

 彼女の眉はいくらかVの字に吊り上がっており、その口元はへの字に閉じられていることを。


 それが不満や不機嫌を示す合図なのだと、わからない彼ではなかった。



「あぁ、えっと……」


 これはダメだったか。

 ナツの中に落胆と諦めの感情が湧いてくる。


「………」


 それでも真っ直ぐに向けられる視線に、彼はただ、逆らわずに見つめ返した。


「……なぁ」

「!?」


 不意に、少女の口から声が漏れた。

 どこかぶっきらぼうな、これまた見た目よりもやんちゃな、荒い声音で。


「どうして、裏切ったんだ?」

「え?」


 問われた言葉は、ナツの理解を越えていた。


「なん」

「どうして! ナツはアタシに何も言わないで、五樹を出てっちまったんだよ!?」

「!?」


 何を言うよりも前に、見てしまった。


 少女が、泣いていた。




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