第1章 AYAKASHI本舗、始動!

ストーリー:1 動画配信、しよう!



 その晩、二間続きの広間に集められた妖怪たちの口から、一斉に驚きの声が上がった。


「「「動画配信~~~~!?」」」

「そう! 動画配信してバズって存在感を取り戻そう!」


 驚く面々に力強く握り拳を作ってみせているのは、年の頃20未満の若者だ。

 名前を水木夏彦みずきなつひこといい、かつてここ――九洲きゅうしゅう隈本くまもと県、カワベ川を有する谷に面した山中にある五樹村いつきむら――その“住人”たちからナツと呼ばれ親しまれていた人物であり、こうして再び彼らの前に姿を現すこと、実に6年ぶりとなる者である。


「動画配信用の道具は一式用意してある。技術も習得してきた!」

「待て待て、話が見えねぇ」


 鼻息荒くアピールを繰り返すナツを、獣の手が押し返す。


「なんで!?」

「だーかーら、話が見えねぇっつってんだろっ!」


 ぺいっと小さい体に似合わぬ力でナツを転がすそれは、二足歩行のイタチだった。

 彼こそはかまいたち3兄弟の次男坊、“かまいたち”のジロウである。


「ちゃんと1から説明しろ、ナツ。いいな?」

「あ、うん。ごめん……」


 畳の上に転がったナツの上に飛び乗って、凄んで見下ろすその様は、残念ながら威厳よりも愛くるしさの方が勝っていた。



「今、妖怪たちはその存在が希薄になってきている。一部の人の世と交われる者たちを残して、他の妖怪たちは現世うつしよそのものから立ち去ったり、ここみたいな地脈の集まるスポットで細々と生活している」

「そうだな。ぽんぽこさんらが百鬼夜行キメて、失敗してから半世紀。今じゃすっかり俺たちの存在は、人間たちのおもちゃみてぇなもんだ」

「ソシャゲとか創作物ですごい見かけるよね」


 一部の妖怪たちが、後ろでうんうん頷いた。


「まぁな。あれのおかげで俺たちは延命しているが、同時にあれらのイメージに引っ張られて姿形、性格まで変わっちまう奴が出てるわけよな」

「擬人化コンテンツ増えたよね」


 一部の一部の妖怪たち(美少女、イケメン)が、後ろでうんうん頷いた。



「で、その話が今の動画配信と、どう繋がるんだ?」

「そう! それで!」

「うおおっ! だから近い近い!」


 話が戻ったとたん、再び興奮しだしたナツの鼻っ柱を肉球で押さえ、ジロウが促す。

 バタバタと畳の上で暴れたせいか、い草の匂いが開けっ放しの窓の外から吹く風に乗り部屋を満たした。


 畳の上で正座させられたナツは、数度の深呼吸を挟み、口を開く。


「それで、動画配信しようって決めた理由なんだけど」

「おうおう」

「妖怪たちは、人にその存在を信じられれば信じられるほど力を得られるんだよね?」

「そうだな」

「なら配信して色々な人に認知されたら、その存在はより強固にならない?」

「あぁん?」


 ナツの説明に首を傾げ、いまいちピンと来ていない様子のジロウ。

 どうしたもんかと思うナツに助け舟を出したのは、群衆の中の一人だった。



「一理ある意見じゃあ、あるのぅ」

「オキナ?」

「じっちゃん!」


 ナツにじっちゃん、ジロウにオキナと呼ばれたその人物は、腰に油壺を携えた小老人。

 鳥の羽で飾った蓑をまとった“油すまし”という妖怪である。


 彼はほっほっほと好々爺然とした笑いを上げながら、二人の傍まで歩み寄り、しわくちゃの顔にますます深い笑顔を浮かべる。


「ワシらが動画配信をして、人目につく。そうすればそれらを見た者がワシらの存在を身近に感じて、その存在を信じてくれるようになる、ということじゃな?」

「そうそれそれ! その通り!!」


 我が意を得たりとまた興奮しだしたナツに、しかし今度はオキナが待ったをかける。

 その目は細く、ほとんどが皺に隠れていたが、見つめる視線には確かな力を宿していた。



「見てもらう。信じてもらう。なるほど悪くない。悪くないが、それは出来ぬのじゃ」

「出来ぬって……」

「人間の隣人たる妖怪は、表立って人の世を闊歩してはならない」

「!?」

「おヌシも知らんわけじゃないじゃろう、ナツよ。配信で姿を晒すなど、まさしく掟に背く行為ではないのか?」

 

 人にそれぞれ領分があるように、妖怪にも領分がある。

 人の世である現世うつしよと、隣り合うように存在する幽世かくりよの住人である彼らは、連なっていても、重なっていても、領分を犯すことをよしとはしない。


 それは古くからの言い伝えであると、妖怪たちと親しいナツも、幼い頃から聞かされてきた。

 オキナの指摘は的を得ていると、ジロウを含む妖怪たちが頷いた。


 だが、それを聞いてもナツは、不敵な笑みを浮かべる。


「もちろん、そのままストリーマーとして活動したらアウトなのは百も承知!!」

「うおっ!!」


 立ち上がると同時にジロウを小脇に抱えたナツが、すぐそばに置いていた鞄に手を伸ばす。

 中から取り出したのは最新式のノートPC。


 それをみんなの前で起動して、とあるアプリを展開すれば。


「わっ! なんねこれ!」

「画面の中に、ジロウの奴がおるばい!」


 そこには、2Dデフォルメされた“かまいたちのジロウ”の姿があった。



「な、なんじゃあこりゃあ!?」

「おおー! なんか可愛かねぇ!」

「俺こんなんじゃねぇし! もっと渋いイケイタチだし!」


 隈本弁で話す木っ端妖怪たちにジロウは抗議するが、彼の肉球がぷにぷにと液晶を押しても、画面の中のジロウもどきはうにょんうにょんするだけだ。


「作った!」

「作ったぁ!?」

「そう、これガワね!」

「ガワぁ!?」


 気が動転して口を開けっぱなしのジロウの後ろ。しげしげと画面を見つめるオキナは、なるほどと頷いて歯を見せて笑った。


「なるほど、皮を被るのじゃな」

「そう!」


 今度こそ伝わったと確信し、ナツも笑顔になった。


「直接姿を映すんじゃなく、こうやって用意したガワを被って配信してもらう。もちろんデザインは本人そっくりにして、イメージがそのまま繋がるようにしておく。視聴者がそのガワを通じてみんなの存在を認知していけば、それは少なからずみんなの力になると思うんだ」

「ほほう、そりゃ面白そうじゃのう」

「でしょ!」

「じゃがそれでは、世の有象無象の玩具にされておる現状と、何も変わらんのではないか?」


 つい先ほども語られていた、偶像化することによる弊害。

 創造物のガワを被せられることによる、変質。



 だがその問いかけを、ナツは一蹴する。


「や、だって。俺が助けたいのは五樹のみんなであって、世の妖怪みんなじゃないし。配信を通じて“みんな”の事が伝われば、きっとみんなは正しく力を得られるはずだから」

「ぬ?」

「俺は、みんなを助けるために、五樹村に戻ってきたんだ」


 その瞳は、この場にいる妖怪たちそれぞれに、一度ずつ向けられて。


「“かまいたちのジロウ”を、“油すましのオキナ”を……幼い頃の俺と一緒に五樹村で過ごしてくれたみんなを、助けるためにやるんだよ」


 彼は、この村に数年ぶりに戻ってきた目的を告げる。


「そのために、俺は今日まで、動画配信やデザインの勉強してきたんだ」


 真剣な言葉に、妖怪たちは静まり返って。

 誰もが彼の言葉に、耳を傾けていた。



「ってことで、みんな」


 ナツが、彼らが数年来見ることのなかった笑顔で言う。


「やろう、動画配信!!」

「!!」


 その呼びかけに、幾人かの妖怪たちの瞳が揺れた。


 ――これが後に、五樹村発妖怪Vtuber所属配信事務所“AYAKASHI本舗”の始まりとなる出来事である。



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