ストーリー:2 始まりの4人
動画配信をしよう!
開けっ放しの障子窓から差し込む月明かりを背景に、ナツが啖呵を切った――30分後。
「ありがとう! 残ってくれて超嬉しい!」
そう言って笑うナツの前には、3人の妖怪の姿があった。
「ほっほっほ」
微笑みを浮かべてあぐらを掻き、腰に帯びた油壺を叩く小老人。
「ん、んんっ……うんっ」
緊張した面持ちで正座している、頭にラッパ咲きの椿をひとつ飾った中性的な美児童。
そして。
「くっそ。こらオキナてめぇ! マジやめろって!!」
小老人の油壺を叩いてない方の手で押さえつけられて、ジタバタもがいているイタチ。
「……残ってくれて、超嬉しい!」
「俺はとっとと帰りたいんだっつーのっっ!!」
油すましのオキナ、木心坊のワビスケ、かまいたちのジロウ。
久方ぶりに五樹村に帰って来た旧友、人間のナツを出迎えた五樹の妖怪たちの内、彼の話を聞いた上で残ってくれたのは、この、たった3人だけだった。
※ ※ ※
ナツはこの場に残った三人の顔をそれぞれ見ると、フッと表情を和らげ口を開く。
「ほんと、残ってくれてありがとう。最悪改めて一人ひとり説得して回るつもりでいたからさ」
「そうじゃろうそうじゃろう。特にこやつなどは、そうするつもりじゃったろうて」
「んぎぎぎぎ……!」
ナツの言葉に頷くオキナ。
彼の向ける視線の先で今も暴れているジロウを、ワビスケが手にすりこぎを持ったままアワアワしながら見つめている。
ちなみに木心坊とは、椿の木から作られたすりこぎに、妖気が宿って生まれる妖怪である。
「あの、ジロウさん」
「あぁん?」
「あの、その……ナツは、ジロウさんの絵をもう描いてきてたわけで……それって、ジロウさんのことは絶対に巻き込むぞって意思表示だったんじゃ」
「んなこたぁわかってんだよ!」
「ひぅっ」
ワビスケの指摘に、ジロウがピチピチと細長い体を振り乱しながらがなり立てた。
花を飾る美児童の見た目にそぐわぬ大人しさを持つワビスケは、その一言で簡単に委縮してしまう。
「こいつは昔っからそうだ! 俺を何でもかんでも巻き込んで連れ回して! かまいたちの領分を越えたことをいくらでもやらせやがる! 今回もどうせそうするつもりだったんだろう?」
「うん」
即答だった。
「んがぁぁぁ!! それがわかってるから! 全力で嫌だってアピールしてんじゃねぇか!」
「いやぁ、えへへ」
「えへへじゃねぇっつの!」
ナツの照れ笑いに、ジロウはついには顔を背けて全力で抵抗する意思を示す。
彼の頑なな態度に場が、膠着しそうになる。
「まーったく。素直じゃないのう」
「ぬおっ!」
そこで動いたのは、オキナだ。
両手を使ってウナギの掴み取りのようにジロウを握ると、そのまま雑巾を絞るようにキュッと締め上げる。
「ふぎゅっ! くうーん……」
さすがに抵抗どころではなくなって、とうとうジロウはぐったりと大人しくなった。
「おヌシの性格じゃどうせ最後には放っておけなくて世話焼くんじゃから、素直になれ」
「うぅ、ぢぐしょー……」
うつ伏せに潰れたまま無抵抗になったジロウを満足気に確かめて。
「では、本格的な話と行こうかの」
オキナは、ナツの持ってきた提案について、より深く聞く姿勢を取った。
「それでナツよ。何をどうすれば、その動画配信とやらは出来るんじゃ?」
それすなわち、“
※ ※ ※
「――なーるほど、のう。つまりワシらはパソコンを使って電波の先に居る者らと交流する配信をしたり、歌を歌ったりゲームをしたりした記録を投稿したりすればよい、と。そのための諸々はおヌシが……ナツがあらかたやってくれるというわけじゃな」
話を聞いたオキナの理解に、ナツは心から満足して頷いた。
「そういうこと。例えるならみんなは舞台俳優みたいなもので、俺は黒子って感じ」
「うむ。ワシらを身近に感じて貰うためには、表に立つのはワシらでなくてはならんということじゃな」
「そう! そうすることで、みんなは今より力を得られるはずなんだ!」
目を輝かせながら力説するナツに対し、3人の妖怪はそれぞれ違う色の輝きを瞳に持たせた。
未だ九十九に至らない椿の妖怪は、希望に金の瞳を染めて。
江戸は元禄より生き永らえている妖獣は、懐疑を黒の瞳に宿し。
いつからそこにいるのかわからない妖老は、瞳を細めて白眉に隠す。
「うさんくせぇなぁ、ナツよぉ」
瞳に宿した感情を隠さず、ジロウが問う。
それは五樹の妖怪たち、その大多数の意見と同じだった。
今宵ここに集まった妖怪の多くは、ナツの話を与太話だと受け取った。
それは妖怪たちの歴史が、そう思わせている。
半世紀程前に首都圏で行なわれた、名だたるタヌキの化生たちによる百鬼夜行の失敗。
あれほどまでに大々的なパレードをしたにも関わらず、結局は新技術だなんだと難癖がつき、人の心は動かせなかった。
裏に人の世に混じる派閥や日ノ本の神の関与があっただとかいう噂はあるが、厳然たる事実として、百鬼夜行という妖怪の威信を賭けた行為が無為に終わった現実は、彼らにもうダメなんだと思わせるのに十分だったのだ。
「それに、新しい事を今さら始めるってのも、面倒くせぇ」
これもまた、五樹の妖怪たちの強い意見だ。
60年生きて半人前、100から120年生きて一人前になるとされる彼らは、それこそ今時代においてご長寿なみなさまである。
そして五樹に集まった妖怪たちの多くは、人との関わり、交わりを避け、霊脈を頼って集まった者たちである。
たとえ未来が先細りであったとしても、何かを今さら始めるよりは、と考えてしまうのも仕方のないことだと言える。
「そんなんなってるのに、お前は俺たちにそれをやれっていうのか?」
「うん、やる」
ジロウの問いに答える声は、早く、そして淀みがなかった。
「ここを出て、隈本に行った俺は、
そう言いながら、ナツは改めてノートPCを持ち出し起動させる。
次々と展開されていくアプリケーションは、そのすべてが彼の武器である。
「俺は、五樹の妖怪たちに、もっと元気になってもらいたい。小さい時からたまに目にした、活気のない姿を変えてやりたい。それに、強い妖怪が集まってる場所って、木っ端妖怪たちも元気になれるんだろ? だったらじっちゃんやジロウが力を取り戻したら、みんな元気になれるってことじゃん」
「わぁ……それは素敵ですねっ」
「うぐ……」
「ほっほっほ」
強い意志の籠った言葉に、誰も異論を挟まない。
その言葉の奥に、自分たち妖怪に対する温かな思いを、3人ともが感じ取っていた。
「だから、ワビスケ。じっちゃん。ジロウ」
畳に拳を突き、ナツが頭を下げる。
「俺の挑戦に、力を貸して欲しい!」
それは6年前、山猿のようだった少年がするはずもない、綺麗な懇願だった。
水木夏彦、19才。大人の門を叩いた若者の所作だった。
「………」
それを見て誰よりも驚いていたのは、かまいたちのジロウで。
「ほっほっほ、ここまでされては、乗るしかないのう。このびっぐうぇ~ぶに」
「そうですね! ボクも、沢山の人に知ってもらえたら、もっと素敵な何かになれるかもしれないです!」
そこにトドメとばかりに残り二人の賛同の声が降りかかり。
「………!」
キラキラと、6つの疑いのない眼差しを向けられてしまったら。
「……ちぃっ」
最後に小さな、舌打ちで抵抗して。
「わーった、わーったよ。お試しって奴だ。やってやる」
これはいつものパターンだった、と。
悔しさを滲ませながら、令和を生きるかまいたちは畳に仰向けに寝そべり、長く長く伸びあがるのだった。
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