酒屋のおばちゃん

しかし、さすがは夢に描かれたような異世界だな。まるでRPGみたい…てか異世界だからRPGか。

しばらく歩いていると、街を見つけた。いや、国と言うのが正しいだろう。

RPGによくある居酒屋のようなお店を見つけた俺は

「とりあえずお邪魔するか」

店に入ることにした。

「はーい、いらっしゃーい!…ん、あんたこの辺りでは見ない顔だね。旅人さんかい?」

山吹色の無地のエプロンを身につけた綺麗なおばちゃんが、飲み物の乗った木製のおぼんを片手に俺を見る。

「あっ…はい、まあ」

勝手に異世界に飛ばされた人間、なんて到底言えない。

「まぁまぁ、そこに座って座って。あんた、名前は?」

湯沢伊吹…と名乗ろうとした瞬間、頭に電流が走った感覚がした。脳内から一つの可能性が浮かび上がったのだ。

「…おばちゃんはなんて言う名前なんですか?」

「あたし?あたしはマルシェ。マルシェ・ストリンガーよ」

やっぱりな。ここは異世界。日本国民の名前を名乗って通用するとは考えにくい。でも、名前は変えるとめんどくさくなる。ならば、これで乗り越える。

「イブキ・ユザワです。」

「イブキ?珍しい名前だねぇ。おばちゃんびっくり!」

元世界で日本人が外国人に名乗るやり方で名乗った。というかもうめんどくさいから誰かに名乗る時イブキにしよう。

「どこの国の人なのかい?」

これは…そうだな。アメリカだとかフランスだとか言ってやろうか?それともクルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシットとでも言ってやろうか?しかし、誇る我が国の名前を言わないのは申し訳ない。大人しくニッポンと言うか。

「ニッポン王国です」

「ニッポン王国?聞いたことないねぇ…あんた、名前だけでなく出身も珍しいのね。おばちゃんにもっと教えてちょうだい」

22歳、都立大学4年生。もちろん、そんなの言えるわけない。この世界に大学という概念は絶対ないから。

俺は幸いなことに、想像力はそこそこある方だ。知識もあるし。

よし、俺の異世界での架空の生涯を作るか…。

「俺はさっきも言った通りニッポン王国で生まれたんだけど、生まれてすぐに父と母がいなくなってしまって、孤児院に預けられたんです。孤児院では本を読んだり、友達と遊んだりして生活していました。俺は孤児院の中でも成績は優秀な方で、よく先生に褒められていました。孤児院を出る15歳を過ぎたあとも、先生として働いていました。実は今日孤児院を出て、旅をし始めたばっかりなんです。と、これが俺の今までの話ですね」

架空の生涯を話し終えると、おばちゃんの目が点になってた。

「あんた、すごいペラペラ喋るのね。おばちゃん話についていけないわよ〜」

バンコクの正式名称を言わなくても目が点になったので俺は心の中でガッツポーズした。

「あははは、すみません。ついつい長々としゃべってしまいました。俺の架空n…じゃなくて、みんなとちょっと違った人生を歩んできたので。」

危ねぇ〜。架空の人生話っていうところだった。とりあえずこれで一安心だな。

おばちゃんはにこにこしながらうん、うんと頷いていた。

「そうなのね。ちなみにあんたはどんな能力を持っているんだい?」

げっ

安心したのも束の間とはこのこと。俺の能力について聞かれてしまった。

クッソ…何か言い訳をしなければ…っ、そうだ!

「実は孤児院のルールで剣術や魔法を覚えてはいけないようになっているんです。自分で自分に合った技術を探すことで、一点に集中して技を得ることができるっていう、教えがあるんです。だから俺はまだ能力を得られていません。これから旅をするので、旅の道具も何も持ってないんですよ…」

「あら、そうなの?それは困ったわねぇ。…そうだ!私の息子のお下がりでよければ、旅に必要な道具があるかもしれないわ!」

「本当ですか?!ありがとうございます!」

能力についてもバレなかった上、旅の道具をくれるなんて、この人はあのジジィ(神)よりも神なんじゃないか?

能力をくれたかどうかわからない神より、旅の道具をくれるマルシェさんの方が絶対神に向いてる。もし俺みたいな人がいるなら、9割はそう思うな。多分。

「はーい、持ってきたよ〜」

「おおおおおおおおおおお!!」

マルシェさんが持ってきてくれたのは、旅人が使うみたいなカーキ色のリュックサック、この辺りの地図、懐中時計、手よりも少し大きいランタン、マッチ、木でできた水筒、短剣、何かが入った袋だった。

いや…ガチ神。

「この袋の中には薬草とMPいちごが入ってるの。回復に使ってね。もし足りなくなったらまた来てちょうだい」

「ありがとうございます!」

荷物を詰め終わり、リュックサックを担いだ。

「マルシェさん、色々ありがとうございました。旅、頑張ります!」

「ええ、何か困ったらまた来てね!」

俺は、酒屋の玄関の扉を開けた。

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