第50話 あなたへの報告【語り手:ガザニア】
9月1日。AM11:00。
ドドーン!!ガラガラガッシャーン!!
稲光の後で、盛大な音が背後で落ちている。
私はイサナさんと一緒に『真空撃』の習得を目指して訓練していた。
もう、威力の弱い『真空撃』なら放つことが可能だ。
なので、今は本来の威力に近付けるために剣を振っている。
「そうだ、だいぶ力が入ってきたぞ!その調子で私に当ててみろ!」
空中に浮いて屋上の端にいるイサナさんから活が入る。
イサナさんは霊体なので、物理攻撃である『真空撃』を受けてもダメージにはならないのだが、その身で受ければ威力などは分かるという事。
私は何度目になるか分からない『真空撃』を放つ。
「『真空撃!』」
「もっと力を込めろ!もう少しだ!」
「はぁぁぁ!『真空撃』!!」
そんなやり取りが何回続いただろうか。
もう忘れた回数、剣を振りぬいて―――
「………よし!合格だ!」
やっと合格が出た。
「ふぅ………あ、ありがとうございました、イサナさん」
「なんの、私も楽しいからな。構わんよ」
「そう言ってもらえると………次があったらよろしくお願いします」
「待っているよ。攻略者がいないと私は基本、暇だからな」
「はい、ありがとうございます!」
『真空撃』を覚えた喜びを胸に、1階の部屋に帰ると、ガーベラがベッドの上で魔導書を読んでいた。
なので声をかけ『真空撃』を覚えた事を報告する。
「おー。よかったじゃん。これで明日は冒険者ギルドに依頼を受けに行けるね」
「『真空撃』を試せる依頼だといいな」
「そういう依頼を選べばいいじゃん?ゴールドランクなんだし選び放題だよ」
「まあ、そう言われてみればそうだな」
「クロノス大庭園がいいかもね、あそこ、飛行する重武装の天使型モンスターが主で戦いにくいって言ってたじゃない。真空撃なら丁度いいよ」
「都合よく依頼があるといいが………まあ考えても仕方ない」
「そうそう。あ、今日はこの後は暇でしょ?支援魔法の練習台になってよ」
「………変なのをかけるなよ?」
そうして今日の時間は過ぎていった。
9月1日。AM09:00。
身支度を終え、オリーナさんのオニギリを食べながら、町を行く。
残暑は厳しく、全身鎧の中はすでに汗でびっしょりだ。
だが、今日のクエストは戦闘のあるもの―――ほとんどのクエストがそうだが―――をチョイスする予定なため、脱ぐという選択肢はない。我慢だ。
書城グリモワールの空調が、いかにいいかという事を思い知るひと時だ。
いつものことだが、かなりの距離を歩いて冒険者ギルドに到着した。
エトリーナさんに会釈して、クエスト掲示板に向かう。
そこで、私たちはあっさりクロノス大庭園に行く依頼を発見した。
内容は〈冒険者になる決意を、兄の墓前でさせてください〉
知った人物からの依頼―――墓の前に枯れない花束を捧げて欲しいと依頼してきたエリンさんからの依頼だった。
この町に今ゴールドランクの冒険者が私たちしかいない以上、ほぼ指名の依頼に等しいが、エリンさんは今は冒険者なのだとしても、最近まで一般人。
高額な指名料が払えないので私とガーベラを待つような出し方になったのだろう。
事実、クエスト票の報酬欄にはクロノス大庭園に行くには釣り合わない安い値段が提示されている。だが―――
「ガーベラ、これ、引き受けるだろう?」
「もちろんだよ、お金なら困ってないもんね」
私たちはクエスト票をはがし、空いていたエトリーナさんの受付に向かった。
私たちはエトリーナさんにクエスト受領印を貰い、前回と同じように住宅区にある依頼人、エリンさんの家に向かう。
前回と違うのは、エリンさんの同行が必要だという事。
普通、ゴールドランク以下の冒険者はクロノス大庭園に入れないが、依頼人として同行するなら構わない。その代わり、死んでも文句は言えないのだが。
エリンさんの、白い石でできた上品なアパルトマンに着き、覚えのあるナンバーの部屋をノックする。どなた、と応答はすぐにあった。
「お久しぶりです。ガザニアとガーベラです」
告げると、慌てた感じでドアが開く。
エリンさんに中に招かれたので遠慮なく上がらせてもらった。
エリンさんは肩までの白髪で、オレンジ色の目をした美少女だ。
「依頼を………受けて下さるんですか?」
遠慮がちに聞いてきたエリンさんに2人で頷く。
「前回の依頼も受けてるからね。お金の事なら気にしなくていいよ」
「すみません」
「いや、冒険者になるなら物入りだろう?気にするな」
「ありがとうございます………それでその………いつ向かいますか?」
「エリンさんの準備が良ければすぐにでも」
「………!はい!構いません!用意してきます!」
準備して戻ってきたエリンさんのいでたちは、どう見ても僧侶のものだ。
それも見習いの。仕える神は大地の女神だろう。
アイテムなども最低限のもの。
首にかかるランク認識票はアイアンのもの。
「エリンさん………仲間はいるんですか?」
「はい、戦士2人と盗賊、魔法使いが」
心配になって聞いたが杞憂のようだ。
「いい構成じゃん。成功するといいね。何かあったら頼ってよ」
「え、はい、ありがとうございます」
「気にせずに、気楽に声をかけてくれればいい」
「あたしたちは書城グリモワールに住んでるから。管理人の幽霊さんに呼び出してもらってくれればいいからね」
彼女は目を白黒させて
「ダ、ダンジョンに住んでるんですか!?」
「居心地いいよ」
「凄いんですね………」
「まあ、それはいいから出発しよう。道中でもできる話だ」
私たちは一旦話を切り上げて、クロノス大庭園に向かう事にした。
クロノス大庭園につながるゲート前に来た。
ゲートを監視する兵士にクエスト票を見せ、ゲートをくぐる。
「あたしたちより前に出ないで、背中の後ろにいてね。でないと守れない」
真剣な顔で言うガーベラ、私も頷いた。
「聞くのが遅れたかな。実戦経験は?」
「イシファンの森でひととおり」
「実戦の空気は知ってるんだな」
「それなら、とりあえず取り乱さないで、あたしかガザニアちゃんの後ろにいる事」
「わかりました」
クロノス大庭園を、前回貰った墓標までの地図を見ながら進んでいく。
だが見覚えのない場所に出た。
自分の作っている地図と照らし合わせても―――クロノス大庭園を構成している浮島が移動したとしか思えない。
今までに作った地図が無駄になって少し悲しい………
新しい羊皮紙にこれまでの道を書き込んでいきながら、ガーベラに声をかける。
「ガーベラ。墓標の剣に
「………確かに一度見てるし可能だね。やってみるよ」
ガーベラが特定した位置は、ここからそこまで遠くない所だった。
慎重に浮島を選び、進んでいく。
戦闘は、日々ここで訓練している身としては予想の範囲内だった。
『真空撃』は面白いように機械の天使にヒットする。
だが、剣の墓標のある浮島の手前で強敵が待っていた。
何度か出会っており「指揮官」と呼んでいる黒い機械の天使だ。
「強敵です。エリンさんはできるだけ離れていてください」
「………はい!」
「指揮官」と私は真正面からぶつかった。まあ、相手は飛んでいるのだが………
「指揮官」が引き連れていた白い機械天使は、ガーベラが大規模魔術で迎え撃っているので援護には現れないだろう。
私と「指揮官」は周囲を無視して戦闘を繰り広げる。
何度目だろう「指揮官」の剣を弾いた時、「指揮官」は崩れた体勢を立て直すために空中に舞った。好機。
「『真空撃』!!」
崩れた体勢のままの「指揮官」に、これは致命的だったようだ。
さらに『真空撃』の追い打ちをかけることで、仕留める事ができた。
その頃にはガーベラが白い機械天使を駆逐し終わっていた。
エリンさんのお兄さんの剣の墓標―――赤い枯れない花束が捧げられている―――までエリンさんを阻むものはいない。
用心しながら彼女を墓標まで連れていくと、彼女は墓標の前で膝をついた。
しばらく黙って祈りを捧げていたエリンさんが、口に出したのはこれだけだった。
「今度は自分の力でこの墓標まで来ます。だから、見守っていてね」
立ち上がって、ありがとうございましたと微笑むエリンさんに、私とガーベラも笑みを帰す、が、釘をさすのも忘れない。
「エリンさん、帰るまでがダンジョンですよ。帰りもモンスターは出ます」
「あぅ」
可愛らしくうめいたエリンさんに、私とガーベラは今度こそ笑い出した。
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