第48話 フェアリー族の恋愛事情?①【語り手:ガザニア】

 8月8日。AM12:00。


 書城グリモワールでは冷房が効いているのだが、中庭ではかなり暑い。

 ゴーストたちが嫌がって出てこないほどだ。

 それでも他のダンジョンよりマシなので、私たちは今日は中庭で訓練している。

「よーす。この暑いのにやってるね、お二人さん」

 ロロルだ。この書城グリモワールの常連でフェアリー族。

 年のころは、本人曰く中年らしいが、子供にしか見えない。

「いらっしゃい。何も暑い中庭に顔を出さなくてもいいんだぞ?」

「まあ、外ではもっと暑いけどねー」

「そうだよねー。ここでは涼しくて助かるよ」

 ロロルは、他のフェアリー族とは違う、タレ目の色男風味のフェアリー族だ。

 子供顔だが、それを利用して「おねえさん」にすり寄っているのを見た事がある。

 要は好色なのだ。


「そうそう、今日はガーベラに作って欲しいものがあってお邪魔したんだよ」

「え?あたしに?何?」

「惚れ薬………」

「「ええっ!?」」

「ていうのは冗談で、ほぼ逆。無関心にさせる薬」

「え?あんなもの何に使うの?」

「いやあ、友人がさあ、ここだけの話凄いご面相の女性に惚れられてね。しかもその人が可愛いものを収集するのが趣味だっていうのが手に負えなくて。彼をさらって行こうとするのさ。さすがに見て見ぬ振りもできずにお願いすることにしたのさ」

「ロロルが言うんだからよっぽどなんだな………」

「まあ、そういう事ならいいよ。街に買い物に出る必要はあるけど作ったげる」

「頼むよ、あ、現場には同行してよね。魔道具の扱いなんて慣れてないし」

「いいよー」「私もか?まあ護衛は必要か………」

「そういうことで、準備ができたら俺の所に来てくれない?噴水前で待ってるよ」

「「了解」」


 ロロルを見送った私は、ガーベラに問いかける。

「お前、本当に無関心にさせる薬なんて作れるのか?作ってる所見た事ないぞ?」

「作れるよ。理論上は、だけどね」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「難易度は中級ぐらい。それよりも難易度高いの普通に一発成功させてるでしょ?」

「まあ………確かに。分かった、それじゃあ材料集めに行こうか」

「あ、ううん。材料は書城グリモワールで集められるから大丈夫。ほら、レシピ」


 ~無関心の薬の材料~

 砂糖を飽和状態にした水………200ml

 塩を飽和状態にした水………200ml

 ゴーストティア………4個

 泥水……200ml

 幽霊の放った炎………100度以上のもの。量は問わない。


「ふむふむ………「幽霊の放った炎」は、オリーナさんから貰うでいいんだな?」

「うん、それが一番早いよ。鬼火じゃ温度不足だし」

「それはいいとして………ゴーストティアって、作るのに延々とゴースト系モンスターを倒して、落とした欠片を十数個まとめて完成する物じゃなかったか?」

「よく覚えてるねー!さすがガザニアちゃん!」

 満面の笑みで言うな、この野郎………野郎ではないか。

 私はジト目で言う。

「最上階にしか、もう私たちに挑んで来るゴーストはいないな………嘆くべきか?」

「その代わり、ゴーストティアの欠片のドロップ率が高いじゃない?」

 それはそうなのだろう、私はジト目を解除した。

「そうだな………訓練だと思って頑張るか。イサナさんには事情を話さないとな」

「挑んでこないって、文句を言われるのは嫌だもんね」


 私たちは、ゴーストティアの材料を求めて、最上階(6階)に上がった。

 まず、最奥にいるイサナさんの所に行き、今日は訓練ではなく採集だと話す。

「なんだ、そうなのか。じゃあ稽古をつけてもらいたい時は呼べよ?」

「ありがとうございます、イサナさん」「呼ぶからね!ガザニアちゃんが!」

 軽く手を振り、イサナさんは背後の闇に身を沈めて見えなくなった。

 どうも普段はそこで休んでいるようだった。


 何回戦闘をこなしただろうか?

 気が付けばガーベラの「集まったよー!」という声で我に返っていた。

 私が正気に戻った事を察して、ガーベラがやってくる。

「ガザニアちゃん、魔の血の発動状態になってたよ?結構長い時間」

「すまない。無意識に湧いては出てくるゴーストに過度の怒りを抱いていたようだ」

「それで赤いオーラ(激怒をあらわす)だったんだね」

「そうだが………勝手に発動しないように気をつけないとな」

「うん………限界点を超えると悪魔になっちゃうからね。あたしの方がガザニアちゃんより発動回数多いんだよね。あたしも気を付ける」

「そうだな」

「じゃあ、1階に帰ろっか。もう6時だし、また徹夜かなあ」


 1階に帰って、オリーナさんから「幽霊の炎(少なくとも100度以上)」を貰ったガーベラは、いつもより早い速度で夕食を平らげると、大広間に向かって行った。


 8月9日。AM08:00。


「ガザニアちゃん、おっはよー!」

 ガーベラが私の寝ているベッドにダイブしてきた。

「げほっげほっ………鞘付きだとはいえナイフを装備した状態でやるなぁ!!」

「あ、ごめんごめん。無関心の薬、できたよ。届けに行こ―う!」

 あー。ガーベラの奴、徹夜空けハイだな。

 昼頃に電池切れみたいになるから、確かにもう向かった方がいいかもしれん。


 私たちはオリーナさんからオニギリを貰い、食べながらトーナの噴水前へ。

 そこでは、フルートを吹く1人のフェアリー族がいる。ロロルだ。

 ………へえ、上手いじゃないか。

 私たちも故郷で淑女の嗜みと、楽器の訓練を受けていたが、ロロルはそれ以上だ

 手前に置いた箱には、結構な額の銀貨銅貨が入っている。

 私たちも銀貨を数枚放り込んでおいて、演奏終了まで待った。


 拍手が鳴りやみ、人がはけるのを待って声をかける。

「ロロルー!例のもの持って来たよー!」

「おっと、もうできたのかい。そいつはいいや。早速行こう」

 ロロルの案内で向かったフェアリー族居住地は、前回来た時より広くなっていた。

 ラグザの古戦場を根城にしていた連中が流れ込んだのだ、当然だ。

 それを横目に―――通りがかりのフェアリー族にナンパされたりしつつ―――目的地に向かう。そこはニンジン畑で、その真ん中に1人のフェアリー族がいる。

「おーいムムルー!このおねえさん達に、例の薬を作ってもらってきたぞー」

「本当ですか!ありがとうございますっありがとうございますっ」

 ムムルは、普通のフェアリー族よりさらに童顔で可愛い系のフェアリー族だった。

 加えて普通のフェアリー族の目が茶色なのにムムルの目はウサギのように赤い。

 その辺が、可愛いものコレクターの令嬢の心に刺さったのだろうか。


「あっ!来ました、来ましたよ!どどどどうすれば!?」

 指さされた方を見てみると、何と言うか多分カバの獣人なんだろうな、という女性が1人。それが人化して化粧を施していて………悪いがオバケにしか見えん。

 ムムルによればいつもならここで逃げ出すのだという。

「逃げちゃダメだね、惚れ薬と一緒で、飲んだ直後のひとに効果を表すものだから」

「よし、じゃあ私が責任を持って、薬を彼女の口に流し込む。ムムルを彼女の顔面に近寄せるのはガーベラ、頼んだぞ」

「OK、OK、じゃあムムル君、抱え上げるけど抵抗しないでね」

 ムムル君がガーベラに抱え上げられたのを見て、私は全力疾走した。


 そこからは簡単だった。

 私が彼女(推定カバ系獣人)の首を打って―――生命力の強さを甘く見ていたので何回か試す羽目になった―――気絶させて、口に薬を流し込む。

「感触から見て、すぐに目を覚ますぞ!ガーベラ?」

「はいはいっと、ムムル君、このひとの視界いっぱいに映る位置にいてね」

「ううー、大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫(調合失敗してたらわかんないけどね)」

 ガーベラの呟きを私は聞き逃さなかった。成功していることを祈ろう。

 主にムムル君のために。


 10分もせずに彼女は目覚めた。

 目の前にいるムムル君への反応は―――無関心だ。

 ムムル君は全身で喜びを表しながら、ニンジン畑に戻って行った。

 何故か畑に膝をついて、私とガーベラに向かって祈りのようなしぐさをしていたが、まあいい事をしたんだと思えば気分もいいものだ。


 私は彼女を介抱し、フェアリー族居住地の外まで送った。

 その後、ロロルは報酬を支払おうとしてくれたが、友人から謝礼は取りたくない。

 落としどころとして、魔法薬の代金だけを貰う事にした。

 ムムル君は、籠一杯のニンジンをくれた。これはいいな、オリーナさんに渡そう。


 2人にまたねと手を振って私たちは、書城グリモワールに帰るのであった。

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