第32話 返ってきた恩【語り手:ガザニア】

 12月26日。AM08:00。


 寒い。

 いや、それでも故郷シュバルツヴァルトほどではないのだが。

 南方の土地の気候に慣れてしまったのだろう。凄く寒い。

 思わず部屋から洗面台のある浴室への移動をためらってしまったほどである。

 ええい、ここでためらってどうする、1月2月はもっと寒いんだ!


 同じく寒がっているガーベラの首根っこ掴んで、浴室へと走り出す。

「あ~れ~ごむたいな~」

 ガーベラの悲鳴?に力が抜ける、なんだそれは。

 ごち。ガーベラの頭が廊下に激突する。

 あ、思わず放してしまった。

「ガ~ザ~ニ~ア~ちゃ~ん。持って行くなら最後まで~」

「すまん」

 わたしはガーベラを横抱きにして、風呂場まで持って行くことにした。

 なんやかんやで寒さは紛れ………てないな。寒い。


 洗面台で温水が出ることに感謝する。

「おい、ガーベラ、故郷に戻ったら公衆浴場を作るって話だが」

「わかってる、これも再現したいよね………!」

「うん、再現してくれ」

 そう言って、私は中庭の方をちらっと見る。

 雪が降っていた。

 寒いわけだ。


「朝ごはんよー」

 部屋に戻ると、オリーナさんがエプロン姿でやってきた。

 幽霊がどうやってエプロンを着るのか?

 オリーナさんに聞いてみたところ、自分の幽体の余りで作るのだそうだ。

 余るものなのか、どうやったら余るのか疑問は尽きないが突っ込まないでおいた。

 私は、だ。

 ガーベラが突っ込んで聞いて、幽霊の神秘とやらを学んでいた。

 

「ねえ、雪合戦しましょうよ」

 朝食の席でのオリーナさんの言である。

「中庭の雪はうっすらと積もっただけですよ?」

「夜の四季庭園が、樹氷と雪山の見ごろになってるわ。雪山の麓でやりましょう?」

「そこまで寒いと、故郷より寒い。いっそあっぱれですね。いいですよ」

「ホントにやる気?うぅ~っ、仲間外れは嫌だから混ざる!」

「私対2人ね」

「オリーナさん、雪玉に当たるの?」

「投げ手が魔力を雪玉に込めて投げれば当たるわ」

「なるほど、では今から行きましょうか。防寒装備をしてきます」

 防寒装備とは。ここの冬を知らなかった私たちが故郷の基準で持って来た冬服だ。

 この気温で着ると、汗が出るような代物なのである。

 聞く限り、夜の四季庭園の気温にはそれでも寒いと思うが………


 用意を整えて、全員で夜の四季庭園のゲートをくぐった。

 今は吹雪いてはいないが、凄い雪だ。腰まで埋まる。そして一際寒い。

「いざっ!雪合戦ー!」

 いきなり始めるガーベラ。

「きゃっ、やったわねー!そうれ!」

 オリーナさんが念動で数十個の雪玉を作って飛ばして来る。待って!?

 私は、慌ててそれを避ける(避けきれない)と、お返しに魔力を込めた雪玉を返す。

 合戦というだけあって、実践の様相を呈している。

 最終的には陣地を掘って、私が雪玉作り、ガーベラが投擲という流れになった。

 私の魔力が無くなった時点で、ガーベラが魔力を込める作業もやり―――

 がんばった2対1の雪合戦は、私たち2人が惨敗という結果になったのだった。


 オリーナさん………ずっと念動を使っているのに魔力切れを起こさない。

 幽霊なので薄くならないか危惧したのだが、それもない。

 ゴーストならもう消滅してると思う………すごいなあ、オリーナさん。

 一体どうして幽霊になってしまった人なんだろう?


 さて惨敗して、書城グリモワール通常エリアに帰ってきた。

 魔力切れで部屋に帰って………今日は1日死亡コースだな。

 オリーナさんが、お詫びと言って豪華な夕食を作ってくれたのだけが救いか。

 でももう、オリーナさんと雪合戦はしたくない………

 魔力回復のため、早めに寝ることにする………


 12月27日。AM08:00。


 今日は冒険者ギルドへ行く日だ。スピスピ寝ているガーベラを揺り起こす。

「んん………あー。冒険者ギルドに行く日だね」

 それにうなずいて、寒いのを我慢して身繕いをすませる。

 ううっ、冷たいクロースアーマー(プレートメイルの下履き)は朝っぱらからラスボスが出たかのようだ………我ながら訳の分からないことを言ってるな。

 要は厳しい、という事だ。


 オリーナさんからオニギリを貰って、冒険者ギルドへの道を行く。

 辿り着いて、エトリーナさんのカウンターに列ができていることを確認。

 私たちは挨拶をしないでクエスト掲示板を見に行くことにした。

 さてどんな依頼があるかな?


「これなんか骨がありそうじゃない?」

「何々………ラグザの古戦場にて、賞金首モンスター出現」

「イシファンの古森でカッパーを襲ってた強すぎモンスターが、何故かこっちに移ってきたから、戻らないうちにシルバーに倒して欲しい………って書いてあるね」

「そうか。まあ、似たような依頼は受けた事があるし、これにしようか」

 エトリーナさんが丁度空いたので、あたしたちはクエスト票を持って行く。

「ああ、これね………実はシルバーでも討伐失敗者が出てるのよ」

「なんと、気を引き締めてかからねば」

「そうしてちょうだい。実績のあるあなた達なら大丈夫だと思うけど」

 そう言ってエトリーナさんは、受領印をくれた。

「どんな相手なのー?」

「モンスターの「デーモン」よ。悪魔じゃないわ。それっぽいだけ」

「なるほど、デーモンか………強敵ですね」

「気を付けてね?」

「「はい!」」


 さて………目的地は「ラグザの古戦場」だ。

 あまり行った事がないダンジョンで、それというのもフェアリー族が西と東に分かれて常時合戦を行っているからだ。

 フェアリーというものの、いわゆる羽の生えた妖精ではない。2頭身の小人だ。

 顔は無邪気な子供のようで合戦と言われても何だか怖くない。

 実際合戦と言っても、大砲の打ち合いが主で、野戦はあまりないそうだ。

 だが、ダンジョンエリア内を流れ弾が飛び交っているので、危ない事この上ない。

 フェアリー族なら、なぜか「うわーやられたー」と言って元気に逃げていくのだが、私たちにとっては、もう一度言うが危ない事この上ない。

 これが、普段の訓練にラグザの古戦場を使わない理由だ。


 ラグザの古戦場のゲートをくぐると、大きな平原に出る。

 ここから、各エリアに続いているのだ。

 私たちは平原を、フェアリー族サイズの大砲(小さい)の流れ弾に注意しながら駆け抜ける。デーモン族の目撃証言は北エリアだ。マップを取り出し、埋めながら進む。

 1時間ほどして私たちは、徘徊している目的と思しきデーモン族を見つけた。


 戦闘だ。不意を打って切りかかる。

 剣は、相手の剣によって受け止められた。こいつ、やる………!

 切り結ぶうちにガーベラの呪文が完成する。

「『上級:無属性魔法:物理個人結界 範囲×2』!」

 これでやりやすくなった。相手の剣を気にせずに特攻………手ごたえがあった!

 デーモンは「GAAAAA!」と叫ぶと、手で印を組んだ。

 地中から幻影の、しかし力ある剣の切っ先が無数に出てきて―――そのまま宙に浮かび上がり、切っ先はこちらに。

 私とガーベラ目がけて突っ込んで来る!かわしようがない!


 剣が消えた時、私たちは二人とも「悪魔の血」が発動していた。

 黒いオーラが私たちにまとわりついている。

 さっきのは強力な魔法攻撃だった。

 つまり物理個人結界では防ぎようがなかったのだ。

 だが私たちの黒いオーラが魔法個人結界の代わりをしたのだ。

 「悪魔の血」が発動した時、私たちの能力は10倍になる。

 つまり、目の前の相手は敵ではなくなったという事だった―――


 敵は倒れた。証拠品としてドロップした角を回収していく。

「―――ガーベラ、大丈夫か?私は弱体化している」

 悪魔の血が目覚めた反動で、体がだるい。

 しかも今回の血の目覚めは無理な目覚め方だった。

 黒いオーラがその証拠。

 いままでの赤や青のオーラが正常なのだ。

「あたしもしんどい、でももう帰るだけだから―――」

 ―――大丈夫。そう言いたかったのだろうがその時、エリアの藪がざわめいた。

 敵。しかもいやに多数ポップ。戦うのは無理だ。逃げ切れるか―――?


「俺に任せて逃げろ!」

「「バガルっ!?」」

 別の通路から、なんとバガルが現れた!

「俺が引き付けて南に逃げるから、俺が来たルートで帰ってくれ!安全だ!」

「すまない、助かる―――」

 最高の恩の返し方だ。復帰して、しかも強くなったんだな、バガル。


 何とかラグザの古戦場を突っ切ってギルドに帰った私たちは、エトリーナさんに事情を話した。この討伐は私たちだけの功績じゃない。

「ならバガルも、討伐者に入れておきましょう。終了印っと」

 しばらくしたらバガルも帰ってきたので礼を言う。

 照れた笑顔で「少しでも恩返しになったなら―――」と言われた。

「「もちろん!」」

 私とガーベラは笑顔でそう言った。


 そして私たちは書城グリモワールに帰った。

 無理をした体をお互いに労わりながら―――

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