第25話 戦魔の事情②【語り手:ガーベラ】
8月22日。AM08:00。
うーんと、両手を天に突き出して、あたしは眠気を吹き飛ばそうとした。
成功したかどうかは微妙だ。
多分顔を洗った方が効果はあるだろう。
隣のベッドで、あたしと同じ仕草をしてるガザニアちゃんも多分同じ。
「今日は戦魔と対戦の日だよー。顔洗いに行こー」
「お前に言われるとはな………だがその通りだ、洗いに行こう」
その後は入念に身繕いをすませる。
荷物のチェックも念入りにね。
サフランとパプリカのチェックも念入りにする。
「2人ともー。今日は朝ごはん食べてって!「勝どん」というものを作ったわ!」
「「はい、いただきます(なんだろう?)」」
勝どんとは「カツレツ」をご飯の上に乗せ、卵で閉じたシンプルな料理だった。
ボリュームがあって、カツもおいしい!甘辛い味付けも美味しい!
思い切り頬張っていたら、ガザニアちゃんから栗鼠のようだと笑われた。むー。
食べ終えて、満腹のため息をつく。力がみなぎってくるようだ。
「実はかくし味は強壮の薬(スタミナポーション)なのよー。実効力があるの」
「そうなんだ!?道理で力がついたと思ったよ!」
ガザニアちゃんは目を白黒させている。
「うふふ、頑張って行ってきてね」
「行ってきます!」「は、はい、行ってきます」
戦魔が暴れているのは、商業区の端にある「鬼の石切り場」だ。
辿り着くと「立ち入り禁止だ」という衛兵にクエスト票を見せ、中に入る。
鬼の石切り場には強風が吹き乱れていた。
さすがに積み上げられた巨石は飛ばないが、砂と砂利が飛んでくる。
こりゃダメだね。サフランとパプリカ以外はマスクとゴーグルがいるよ。
あたしたちは一旦退却した。
衛兵に事情を話し、ジェニー商会に行って手ぬぐいとゴーグルを買って来る。
再チャレンジ!
今度は普通に行動できそうだ。
「風属性無効化」の腕輪によって、あたしたちは強風を感じない。
せいぜいそよ風と言った感じだ。
サフランとパプリカは、元々の重さで普通に行動できるんだけども。
「ガザニアちゃん、この風の来る方に戦魔がいるんだと思うんだけど」
「ちょっと待て、そうだな、それだと地図ではここになると思う」
「結構奥だね。まあ、モンスターも吹き飛んでて出てこないとは思うけど」
ロックゴーレムだけは、よろめきながら出て来たけど、よろめいてちゃねぇ。
あたしたちは、障害なく戦魔に向かう事ができるのだった。
それらしい姿が、ガザニアちゃんが示したエリアに見えてきた。
ガザニアちゃんが声を張り上げる。
「そこの悪魔!大人しく魔界に帰れ!人界に迷惑をかけるな!」
その声に気付いた戦魔があたしたちの方を向く。
人5人分ほどの背丈で、筋骨隆々。妙に長い腕を持った青い肌の戦魔だ。
「いう事を聞かせたいなら、俺を打ち破って見せろ。そうしたら話を聞いてやる!」
交渉?決裂。戦闘開始だ。
「『中級:無属性魔法:フィジカルエンチャント・パワー 威力×10』」
まずは、ガザニアちゃんの筋力を、限界まで上げておく。
で、魔力回復薬を1本空にする。
その甲斐あってか、ガザニアちゃんの剣は楽々と戦魔の大剣を受け止めた。
そのまま、ガザニアちゃんと戦魔は剣を交える。
互角の攻防の中、ガザニアちゃんの呪文が完成する。
「『神聖魔法:ホーリーライト』!」
「むぅおっ!?目が、目が痛い!」
どうも光をもろに見つめてしまったらしい。目を閉じればいいのに………
これだから、戦魔は馬鹿だって言われるんだよ。
本当はそんな事ないっていうのは知ってるけどね。
だってイザリヤ叔母様は戦魔だし………
ともあれ、目つぶしが効いている間にガザニアちゃんが切りつける。
相手の胸に血の花が咲いた。
「やるな!ガハハハッ!」
対して効いてないか………なら。
「『上級:風属性魔法:ロックフォール 威力×10』!」
ガザニアちゃんはあたしの声と共に相手から距離を取っている。
この鬼の石切り場にもないような巨大な岩が、戦魔を押しつぶした。
「おのれ!そこの小娘か!」
ボロボロになった戦魔が、あたしの方へ剣を投げてよこした。
ひょいっと避けるあたし。忘れてないよね、あたし盗賊でもあるんだよ?
魔力回復薬を一気飲みして、ガザニアちゃんが抑えてる間にもう一回いこうか。
「『ロックフォール 威力×10』!!」
「こ、このぉっ!!」
「行かせるか!」
ガザニアちゃんは容赦なく、隙だらけの戦魔の足の腱を切った。
ずずんと尻もちをつく戦魔。
ガザニアちゃんは戦魔の首に剣を当て
「こちらの勝ちでいいな?」
「クソッ………ああ、お前らの勝ちだ………」
サフランとパプリカを出すまでもなかったね。まあ、役にたったか疑問だけど。
「それで、これで帰ってくれるのかな?」
「そ、それは勘弁してくれないか。今の戦魔領は極寒か灼熱かで………居れたもんじゃないんだ。その境界と他領地は居心地が悪いしな………」
「叔母様の手前、殺すのもな………。おい、それが何とかできたら帰るか?」
「そりゃ帰るけど、どうしようっていうんだ?」
「ガーベラ、属性防御の腕輪の加工は、風属性でなくてもできるな?」
「あっ、確かに。うん、できるよできる」
「おい戦魔」
「何だ。俺にはギルって名前があるぞ」
「ギル。傷を癒しながら待ってろ。熱くも寒くもなくなるアイテムを持って来る」
「ほ、本当か?人間に借りを作るのは嫌だが………頼むっ!何とかしてくれ!」
「OKOK。少し疲れるから、持って来れるのは明日になるけど待っててね」
「おう!わかったぜ!」
そう言うとギルはシュルシュルと、人間の姿になった。
筋骨たくましい、陽気な兄ちゃんと言った感じである。
ただし、肌は青いし、何故か腕が4本あるが。
巨体を生かすための巨人姿であり、この姿でも能力はほとんど変わらないとの事。
悪魔は人間に近い姿をとれるほど強い。ギルはそこそこ強いんだろう。
あたしたちに倒されてしまうんだから、そこそこ止まりなんだろうけど。
ギルを置いて鬼の石切り場から出る。
首尾を聞かれたので、負かした上で帰ってもらうための交渉中、と伝えた。
尊敬のまなざしで見られたので、胸を張る。ふっふーん。
がす。ガザニアちゃんに叩かれた。酷いよガザニアちゃん。
「調子に乗るんじゃない。確かに今回のはお前の手柄だが、調子には乗るな」
「うー。はぁい」
お手柄だって言って貰えただけで良しとしよう。
商業区で、属性防御の腕輪「水」と「火」を購入する。
その上で書城グリモワールに帰ると、オリーナさんが嬉しそうに出て来た。
「勝ったのねー!」
「実は………ということになりまして」
「あら、優しいのね。幽霊の私にも優しいものね!」
オリーナさんは納得したらしく、夕食を作るわ、と厨房に向かっていった。
「とりあえず、錬成はご飯の後でいいよね。どうせ徹夜するからさ」
「ああ、食事させてもらってからにしろ。今回は私は何もできん」
「ガザニアちゃんはいてくれるだけで気持ちが落ち着くんだからいいんだよ」
「そう言われてもな………」
あたしたちは美味しい食事を楽しんだ。
その後、あたしは徹夜で「水」と「火」の無効化の腕輪を完成させた。
8月23日。AM08:00。
どうも寝られなかったらしいガザニアちゃんに、完成した腕輪を見せる。
「よくやったな。早速ギルの所に持って行こう」
オリーナさんは、いつもより早く出発したあたしたちにオニギリをくれた。
食べながら鬼の石切り場に向かう。
鬼の石切り場に入ると、暴風はすっかり鎮まっていた。
ギルに暴れる気がない事の証明だろうか。
モンスターがポップするようになって面倒だった………
普段なら「獲物だー」なんだけどね。
とにかく、ギルに会いに行き、腕輪を渡すと喜んで身につけている。
疑うとかってないのかな。きっと単細胞なんだね、うん。
「これで魔界に帰れるぜ!あっ、俺の召喚陣を教えておく!良かったら呼べよ!」
ギルは魔界へ帰れる陣「帰還陣」を岩に描いて、魔界に帰って行った。
帰ったら多分魔帝庁(魔界の役所)で無断外出を絞られると思うけど………
帰り際に置いてった召喚魔法陣の紙は、役にたつかもだから拾っておこう。
「ガザニアちゃん、とりあえずあたし眠い」
「私も眠い………冒険者ギルドに行くのは明日でいいだろう」
お家に帰ろう。
そして後日、あたしたちはギルドによって、シルバーランクに昇格した。
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