第16話 お掃除と解凍【語り手:ガザニア】
4月2日。PM15:00。
わたしたちは、オリーナさんに頼まれて、再度地下・1階の掃除をしていた。
なんでも、本が多いからすぐほこりが溜まるそうだ。
実家の書庫もそうだったなと、家の書庫を思い出す。
その上、例の蜘蛛モンスターは頻繁に復活するんだそうだ。
それから、今回は2階も掃除することになった。
私たちならもう大丈夫だろうとの、オリーナさんの判断だ。
掃除はもちろん無償でやっているし、クエストでもない。
というか、オリーナさんがクエストを出しに行けないので、出しに行くとしたら出入りの商人か私たちに頼むことになる。
それぐらいなら、私たちがやった方が絶対効率がいいと私が言ったのである。
報酬は、2階に出る少し豪華になった蜘蛛が落とすドロップ品で十分だ。
ちなみに幽霊も一応、宝石の破片のようなものを落とす。
ガーベラ曰く、十何個かで「ゴーストティア」という魔道具の材料になるそうだ。
あとオリーナさんの料理も報酬といえるだろう。これは大きいぞ。
一応マッピングし、3階への扉も見つけておいたので、万が一書城グリモワールでクエストがあった時には役立つだろう。
いずれオリーナさんが、3階に行く許可をくれた時にも、間違いなく役に立つな。
PM18:00。掃除が終わって、書城グリモワールの倉庫に道具を返しに行く。
その間、いつもならゴーストがちょくちょく出るのだが出なかった。
「2階を制覇したからじゃない?」
とはガーベラの適当な推測だが、確かに怖がられるようになったのかもな。
「そうよぉ、1階上にあがると、その下の幽霊は出て来なく………というより避けるようになるの。あ、地下は階の勘定に入れないでね」
オリーナさんが、夕食を出してくれながら解説してくれる。
やっぱりそうなのか、と私とガーベラはうなずき合った。
ちなみに今日の夕食はハンバーグ。
私もガーベラも大好物だ、特にデミグラスソースのハンバーグがいい。
私もガーベラも15歳で成人しているが、お子様舌なのだろうか?
いや、デミグラスソースは誰でも好きなはずだ。
そんな事をガーベラと言い合っていたらオリーナさんに
「今度ショウユベースのソースを作ってみるから食べてみる?」
と言われた。試してみよう。私とガーベラはうなずいた。
食事の最後になって、ガーベラが椅子の下に置いていた包みを取り出す。
「「オリーナさんいつもありがとう。ささやかながらプレゼントです」」
もちろん袋は実体があるが、オリーナさんは念動でそれを受け取った。
「まあまあ………気を使わなくていいって言ってるのに………」
中身を開けたオリーナさんは、嬉しそうに破顔した。
「私の感覚の何が残っているか聞いてたのはこのためだったのね」
そう、オリーナさんに残っている感覚で触感だけは絶望的だった。
物を食べる事もできない。味は感じ取れるらしいが。
けれど一番強く残ってるのは嗅覚だということだった。
なので、私たちが選んだのは、オリエンタルなお香だった。
けっこう値が貼るものだったが、オリーナさんにあげるなら惜しくない。
「ありがとう、今日早速部屋で焚くわね!」
喜んでもらえて何よりだ。
私とガーベラは嬉しい気分で部屋に帰ったのだった。
4月3日。AM08:00。
「ふああ………ガーベラ、今日はギルドに行く日だぞ?」
「ぐうぐう………はっ!あたし寝落ちした?魔導書によだれとか垂れてない!?」
知らんがな、そんなの。まあよだれはないようで安心したが。
書城グリモワールの備品だからな、それ。
夜には片付ける決まりなのにベッドで読んでたのか。
昨日は早々と寝たから気付かなかった。
ガーベラに説教しつつ身繕いを整えて、何とか出かける準備完了だ。
お香のいい匂いのする手ぬぐいに包まれたオニギリをオリーナさんから受け取る。
早速使ってくれたんだな、オリーナさん。
オニギリは、今日は「塩握り」というシンプルなオニギリだった。
これはこれで、白米の味が引き立って、うん、イケる。
ギルドに入ると、エトリーナさんは他冒険者の対応中だったので、真っ直ぐにクエスト掲示板を見に行く。何か面白そう………もとい有意義なのはないだろうか?
しばらく見て、私は変な依頼を見つけた。
「書城グリモワール3階で遭難者発生!救助求む」
どういうことなのか、詳しく書いてない。
なので、エトリーナさんが空いてるのを見て説明を求めに行く。
「あーこれねー。冒険者がランダム宝箱が多い区域に入り込んで―――空調が故障して、氷で退路を断たれたそうよ。たまに故障するのって管理人が言ってたらしいわ」
「私たちは何も聞いてないが………」
「さあ………3階は早いと思われたのか、どうでもいいと思ってたのか………」
「オリーナさんの普段の冒険者への対応を見るに、後者だなきっと」
「うん、オリーナさん、わりと冒険者には塩対応だもんね。利用者には優しいけど」
「その棲み分けが良く分からないわ………ところで受けてくれるの?それ」
「受けないと、自分の住処で冒険者に凍死されかねないからな」
「モンスターとの戦いならともかく、凍死はねー。お化けになって出そう」
「そう、じゃあ受領印を押しておくからよろしくねー。あ、期日は2日よ」
「凍死する前に助けないとだもんねー」
「あ、忘れる所だったわ。これ、ギルドで作られた魔法の記してある紙」
あなたならすぐにも使えるはずよ、とガーベラに渡される1枚の羊皮紙。
「どんなものなんだ?」
「今回の救出に使えそうな術だね。中級。氷に特効(蒸発)の火属性の術だよ」
「?イメージがわかないな。使えそうなのか?」
「簡単だから、すぐにでも使えそう。フレイムスロワー。火炎放射って意味だね」
「何となく分かった。じゃあ行こ………帰ろうか」
♦♦♦
「オリーナさーん」
管理人室をノックすると、壁をすり抜けてオリーナさんが出て来た。
「早いのね?」
「いや、違う。実は………ということなんだが」
「ああ、空調の件ね。あなた達に頼もうか迷ってたんだけど、依頼が出たのねー」
「氷を蒸発させて溶かす術も貰ってきたし、行っていい?」
「本に影響が出ないように『ドライ』の術を忘れずにかけておいてね」
「合点だー!」「わかりました、そうします」
私たちは、攻略済みで蜘蛛もいない2階をサクッと抜けて、3階へ。
階段を上がっていくと、早い段階で氷に通路が閉ざされていた。
「ガーベラ、呪文を試そう」
「おっけー。『中級:火属性魔法:フレイムスロワー』!」
巨大な氷は波のような炎にさらされると、あっけなく蒸発した。
「これなら、サクサク進みそうだな。魔力が尽きたら私が『トランスファー・メンタルパワー』するから。『生活魔法:ドライ』も私が使おう」
「ありがと、ガザニアちゃん。よーし、がんばるぞー」
それから私たちは、しらみつぶしに3階を探索していった。
私は忘れずにマッピングする。
階の大半が凍り付いているからか、敵襲は少なかった。
魔法を使う幽霊が出た時には少し苦戦したが、ターンアンデットで解決した。
これに抵抗されていたら苦戦するだろう。
これから先3階に来ることがあったら覚えておくべきだろう。
さて、目的の人物―――男で肥満体の魔法使い―――は奥の方で見つかった。
ガーベラの術が、氷塊を溶かした先で、炎の術で暖をとっていたのである。
「大丈夫?周りの氷、全部溶かしちゃうね」
「あぁー!助けが来たぁー!」
私にしがみつく男。少々うっとおしいが私も神官。黙ってしがみつかれよう。
寒さでカチコチになっていた男を『生活魔法:ウォーム』であたためる。
その後、階の氷を全部溶かした事を確認して、管理人室に戻る。
「オリーナさーん。氷は全部溶かしましたけど、空調は治ったんですか」
「溶けたなら、今から直すわー」
「わかりました。私たちは今からこの男を冒険者ギルドに連れていきます」
「行ってらっしゃい。晩御飯までには戻ってね」
やり取りを聞いていた男が、あんたたち幽霊のメシ食ってるのか、と聞いてきた。
「別に邪悪な幽霊じゃないんだ、モンスターと違って理性もある。構わないだろう」
「そ、そうか。別にいいよな、うん」
納得してくれたようで何よりだ。
ガーベラが、あ、この人ガザニアちゃんにホの字だ、とよく分からないことを呟いていたが、よく分からないので無視だ。
重要な事なら普通に言うだろう。
エトリーナさんが空いていたので、受付に魔術師の男を連れていく。
「早かったわね!さすが住んでる人は違うわ」
「2階までは行っていたからな」
「そうだったのね。じゃあ、はい、終了印と報酬」
男はギルドにて保護された。
しかし、終了印の押されたクエスト票も溜まってきたな。
多彩な依頼を受けてコレクションしようか?
そう言ったらガーベラも乗り気になった。
さあ、夕飯を楽しみに書城グリモワールに帰ろうか。
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