第12話 無謀なバン【語り手:ガザニア】

 2月9日。PM18:00。


 私は書城グリモワールのキッチンにいた。

 オリーナさんに料理を学ぶためだ。

 メニューはビーフシチュー。鍵はブラウンソースだ。


 薄力粉、バター、赤ワイン、ウスターソース、ケチャップ、水、固形コンソメ。

 これらを煮込んでブラウンソース………デミグラスソースを作る。

 あとは、具材を煮込むだけ。

 私が考えていたより簡単で、驚いてしまった。

 それにしても固形コンソメとは、市場には便利な調味料があるのだな。


「これならイザリヤ叔母様に出せるかもしれない」

「あら?未来の旦那様とかではなくて?」

「私とガーベラは石女うまずめだからな、夫が気の毒だ」

「そうなの………悪い事聞いたかしら?」

「全然。次代は私たちの因子も入れてイザリヤ叔母様が作って下さる」

「あなたたちって、どこまで変わってるのかしら」

「オリーナさんだって料理をする幽霊じゃないか」

「あら、一本取られたわね。じゃあ続きをしましょうか」


 それから2時間ほどでビーフシチューは完成し、オリーナさんがガーベラを呼びに行ってくれた。ガーベラは上級魔法『インパルス』の練習中で中庭にいる。

 何やら「きゃー!」「どかーん!」という声と音がしたが大丈夫だろうか?

 程なくして無傷のオリーナさんと、ボロボロのガーベラがリビングに入ってきた。

「どうしたガーベラ?」

「ううう、酷いよオリーナさん。練習中にくすぐってくるなんて」

「首に風を送っただけよ~?もうちょっと集中しなさいな」

 ………大体わかった。


「ガーベラ、分かったから服を着替えて席につけ」

「わかったよガザニアちゃん………ううう」

 ガーベラは気を取り直したのか、すぐに着替えて来て席に着いた。

 食欲に負けただけ、とも言うかもしれない。

「ガザニアちゃん、あたしこんなシチュー初めて!おかわり!」

 まあいいか、喜んでくれているのだし。

「先生がいいからだ………たくさんあるから、どんどん食え」

 ガーベラは細身の体にしてはかなり食べるからな………


「これなら、きっとイザリヤ叔母様も喜んでくれるんじゃない?」

「あの方は何でも食べるが評価は厳しいからな………」

「でもこれなら大丈夫だって」

「ああ、帰ったら作ってみることにする」


 夕食のあと、くつろいだ空気が流れる。

「明日は冒険者ギルドに行こうか」

「うん、ランクアップまでもう少しだって、エトリーナさん言ってたもんね」

「2人共ー。デザートのりんごのコンポートよー」

「「ありがとう、オリーナさん!」」


 優しい甘味と共に夜は更け………私たちは眠りについたのだった。


 2月10日。08:00。


 う~ん、今日も寒い。

 暖かいお湯で顔を洗った私たちは、装備を身につけていた。

 しかし、最近思うのだが寒いと言っても実家よりはかなりマシなのだな。

 それと、ダンジョンが外の気温を反映するのは何故だろう?

 書城グリモワールもしっかり寒いしな。

 やはり、ゲートで外界とつながっているからだろうか。


 つらつらと考えている間に、準備が完了した。

 ゲート前でお弁当の「おにぎり」をもらってお礼を言い、ゲートをくぐる。

 今日は「たくあん」「こんぶ」「ちりめん」が具だと言われた。

 聞きなれないが、オリーナさんの用意してくれたものだ、間違いはないだろう。

 2人で、ギルドまでの道のりで平らげる。

「あたし「ちりめん」好きーv優しい味だよね」

「私はしっかりした味の「こんぶ」が好きだな」

 2人でこんなやり取りをしながら道を行くのも、馴れてきたやり取りだ。


 噴水広場を通ってギルドに行こうとしていると、佇むルルさんの姿が見えた。

 挨拶すると、パッと顔色を明るくして

「クエストを引き受けてくれたんですか!?」

 と言う。何のことだ?

「まだ冒険者ギルドに行ってないよ、どうかしたの?」

「バンがいなくなっちゃったんです!イシファンの森に行ったんだと思います!」

 なんでも、イシファンの森に行った事を友達に自慢したら、1人で行ってないとからかわれたそうで、頭に来てイシファンの森に行ったのではないかと思われる。

 やっぱりあそこのダンジョンも番人が必要だと思うな、私は。

「すぐに冒険者ギルドに行って、そのクエストを受領して来よう」

「本当ですか!ありがとうございます!」

 しかし、ルルさんがバンのためにクエストを出すとは………仲は良好らしい。

 逆に状況を把握もしていなさそうなバンの身内には怒りを覚えるな。


「ガーベラ、急ごう」

「うん、駆け足でギルドに行こう」


 ギルドに着いて、即クエスト掲示板を覗き込む。どれだ?

「これは違う、あれも違う………もーっ、クエストの上にクエストを貼るから!」

 難儀したが、発掘することができた。

「この「行方不明の少年を探して!」というやつがそうだな」

「エトリーナさーん!受領印ちょうだい!」

 ガーベラがカウンターに駆け寄っていく。

「あら、この行方不明になったのってジェニー商会の支店長の息子さん?」

「え?あ、そうだった!その通りです!」

「ジェニー商会からも何か出るかもね。頑張って行ってらっしゃい」

「関係ないよ!バン君は友達だもん!」

「そう………。いいわねぇ。はい、受領印よ」

「「行ってきます!」」


 どっちみちイシファンの森への道なので、噴水広場に寄ってルルさんにクエストを受領したことを告げる。安心した表情になるルルさん。

「私はいつも通り日のあるうちはここで待ってます!」

「はーい、行ってきます」「無理しないで下さいね」


 程なくしてイシファンの森の入口に辿り着く。

 私たちは躊躇なく、ゲートに飛び込んだ。

 クエストが無くても来ているので、もう庭のようなものだからな。

「さて、ガーベラ。『ロケーション』を」

「うん。目標、バン君!『下級:無属性魔法:ロケーション』!」

 『ロケーション』をかけたガーベラの顔色が悪くなる。

「どうした、ガーベラ」

「ガザニアちゃん、バン君の向かってるのって、例の大量スライムポップの場所だよう………早く行かないとバン君が死んじゃう!」

「何!?くっ、走るぞガーベラ」

「うん!」


 結論から言うと私たちは間に合った。

 ただしギリギリで、だ。

 獣道の左右から、スライムが大量にバン君に向かって降り注いでいっている。

「『上級:無属性魔法:物理個人結界』!バン君に!」

 ガーベラの呪文が間に合わなければ、スライムに押しつぶされ死んでいただろう。

「無茶をするんじゃない、バン君!」

 バン君の安全さえ確保できれば慣れた狩場なので何も心配する必要はない。

 私たちは大量のスライムをものともせず、物理と魔法で薙ぎ払った。

 私たちも成長しているということだ。


「もう、バン君!ルルさん泣きそうだった!クエスト出したのもルルさんだよ!」

「え、ルルが………」

「友達に何を言われたか知らないが、惚れた女を泣かせるのは違うな」

「うぅ………」

「友達は、バン君も15歳になったらギルドに登録して見返してやればいいよ」

「そうだな………イシファンの森にこんな怖い所があるなんて思わなかった」

「うんうん、今はまだ訓練に精を出すべきだよ!」

「仲間を募ってから挑戦するんだぞ?」

 私たちは、バン君に説教しながら森を出た。


 イシファンの森を出て、噴水広場に行くと、こちらを見たルルさんが泣きながら走り寄ってきた。バン君に抱き着いて泣いている。

「ほーら、泣かれた」

「うぅ………ごめん、ルル。もうしないから………」

 しばらく見守り、終了印を押してもらってから、二人の肩を叩いて別れる。

「もうギルドにお世話にならないようにね!」


 ギルドでクエスト票を提出すると、えらく多い依頼金が寄越された。

 実はジェニー商会の支店長も事態を把握していて、こっそり心配していたらしい。

 その分のお金だという事なので、有難く頂戴することにした。


 それと、受領クエストが規定量に達したため昇級試験が受けられるそうだ。

 どんな試験になるのかは未定なため、また来て欲しいと言われた。

 望む所だ。

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