第2話 黒き森の中 【語り手:ガザニア】

 この森がシュバルツヴァルト―――黒き森と呼ばれるのは、いくつか理由がある。

 まずは、土壌に含まれている成分により、森の木々が黒みがかって見える事。

 同じ理由で、木々のつける実も全て黒い事。害はないし美味しいんだがな。


 そして、黒い被毛を持つワーウルフの生息地であること。

 危険じゃないのかって?そんな事はない。

 イザリヤ叔母様が、族長と友誼を結んでいるのだ。

 それに、私とガーベラも子狼たちと遊んで育ってきている。


 そんな森の中を、私とガーベラは南へ南へと進んでいた。

 そろそろ渡河する地点に辿り着く。

 そして辿り着いた………はずだった。

「ガザニアちゃん、渓谷の橋、落ちてるね………」

「ああガーベラ、バラバラだな………」

 谷底を流れる川なので、橋は必須なのだが。

「でも大丈夫!『中級:無属性魔法:フライト』を覚えているから運んであげる!」

「ガーベラが、私をか?重くないか?」

「背中に乗ってくれたら持たなくてすむから大丈夫だよ」

「………ううむ。是非もなし。その方法で渡ろうか」


「じゃあ、いくよ。『フライト』!」

 ガーベラは腹ばいの姿勢をとって、宙に少し浮いた。そのガーベラの背に跨る。

「うっ………背中がミシって言ったよ………」

「大丈夫か?下りようか?」

「下りたら渡れないでしょ!大丈夫だよ!」

 真剣に不安だったのだが、ガーベラは私を乗せたままふわりと宙に浮きあがる。

 その後は、急降下したり急上昇したりと、乗ってて怖くて仕方なかった。

 だが無言でしがみついていると、どうにか対岸に辿り着いた。


「ふうう………肝を冷やしたぞ」

「あ、あはは。ブジニタドリツイテヨカッタネ!」

「何で片言なんだ」

 ツッコミを入れながら、ガーベラの背から下りる。

「何でもないよ!それよりここからは「くま」の出現地だよね」

「ああ、普通の熊の3倍はあるという「くま」か」

 ガーベラの言に頷いて、私は気合を入れる。来るなら来い。


 ………なんて思っていたなぁと、思い返せたのは、ソイツに追いかけられるまで。

 どどどどど、と砂煙を上げながら追いかけてくるソイツは、普通の3倍なんてものじゃない。軽く5倍はありそうな気がする。

「イザリヤ叔母様のうそつきー!」

「失礼なこと言うな!昔の事なんだから大きくなっていることもある!」

「ふえーん!どうするのこれぇ!倒すなんて無理だよぉ!」

「渓谷の方角に逃げるんだ!崖ギリギリで『フライト』して逃げる!」

「今進んでるのって反対方向じゃない!?」

「うーん………とりあえず、あっちの大きな木に登るんだ!」

「わかったぁー!」


 森で遊びまわって育ったので、幸い木登りはお手の物だ。

 「くま」は、あの巨体だ。木登りはできないようで追って来なかった。

 私たちは、枝に座ってほっと息をついた………のもつかの間。

「ガザニアちゃん、「くま」のやつ、木の下から動きそうにないよ」

「これは………根比べだな」

「いゃーん」

 変な声を上げて身もだえるガーベラ。いやーんじゃないのか?


 時間が経過し、真夜中になった頃。

 私とガーベラは、枝の上で寝ていたのだが、木が揺れて目を覚ました。

「VOOOOOOTU!!」

 「くま」が巨木を倒そうとしている!?

「まさか!かなりの巨木だぞ、倒れるわけが………」

「ガザニアちゃん、木、傾いてきてるよ………?」

「ガーベラ『浮遊』の魔法だ!」

「了解!フライトと違って2人にかけれるしね。『下級:無属性魔法:浮遊』!」


 木はへし折れたが、私とガーベラは変わらぬ高さに浮いている。

 その事実に気付いた「くま」は咆哮を上げて腕を振り回した。

「別の木に移るぞ。いくら下級呪文でも精神力が持たないだろう?」

「うん、その通り。ゆっくり休めそうな木は―――あれかな?」

「程よく太いな。「くま」ももう無駄な―――木をへし折るような―――エネルギーは使わないだろうし、いいんじゃないか?」

 私たちは、目をつけた木に移動した。

 そして交代で寝ることにした。


 朝になった。木の枝でガーベラをつつき起こす。

「うー。「くま」はどうなった?」

「相変わらず木の根元にいる………渓谷まで走るか」

「本気?」

「ああ、だが『浮遊』で出来るところまで木の上を進もう。できるな?」

「………できるよ。なら『浮遊』で出来るだけ渓谷に近い所に下りよう」

「そうだな、地面に着いたらダッシュだ」

 

 その後、私たちは木から木へと『浮遊』で移っていった。

 多分匂いだろう「くま」も追いかけてくる。

 だが順調に移動は進み―――渓谷の近くまでやってきた。

 もっともその頃には夜になっていたので、樹上で一晩過ごす事となったが。

 

 夜が明けて。私たちは気合を入れ直す。

 『浮遊』は基本的にゆっくりした移動しかできない。

 だが、ガーベラは呪文をアレンジして、す早く森の小道に下り立たせてくれた。

 そこからは「くま」との追いかけっこだ。

 全力疾走で走れば、私たちの脚力なら追いつかれはしない。

 ただ、渓谷が近いと分かっていなければ、全力疾走など持ちはしなかったろう。

 「くま」は巨体だが、全然遅くない。全身が筋肉なのだろう。


 渓谷のすぐそばまで来た。息が苦しい、限界が近い。

 頼んだぞ、ガーベラ。

「『フライト』ぉ!」

 渓谷の崖の手前でガーベラが呪文を使って飛び上がる。

 私はそれにしっかりとしがみついた。


 眼下に「くま」が落ちていくのが目に入った。

 高く上がる水しぶき。

 なんと、泳いで渓谷から抜け出そうとしているのが見えた。

「ガザニアちゃん、今のうちだよ、できるだけ遠くに逃げよう!」

「賛成だ、ガーベラ」

 私たちは岸に戻り、駆け足で森を進むのだった。


 しばらくは「くま」の気配を何となく感じて不安だったのだが、そろそろ大丈夫という場所まで来たようだ。ずっと青かったガーベラの顔色も良くなった。


 だが、喜んだのもつかの間。

「ねえ、ガザニアちゃん。道に迷ってない?」

「「くま」から逃げる時に焦りすぎたな………」

 そう、私たちは見事に道に迷っていた。

「たしかイザリヤ叔母様、迷ったら川沿いに進めとか言ってたね」

「そうだな、この渓谷の近くを逃げてて迷ったんだから、渓谷が一番近いが………」

「「くま」と再会するつもり!?」

「それは嫌だから、西の平野部を流れる大河に行こう」

「現在地は渓谷と西の川の間のはず、だよね」

「そうだな、とりあえずコンパスを見ながら西に行こう」

 コンパスは正常なはずだ。多分。


 コンパスは正常で、夕暮れ前には西の大河についた。

 が、雨が降ってきた。

「氾濫したら困るな、距離を取って野営しよう」

「それがいいねー。焚火とかは起こすだけ無駄かな?」

「だろうな。テントに引きこもっていよう」

 そして、私たちはテント内のハンモックで眠りについた。

 食事は雨の中なのでしないで済ませる。


 朝になって、西の大河を見に出たが、氾濫はしてなかった。

「よかったね、これで川沿いにカルドセカリナ帝国への街道に出られるよー」

「うむ、多少起伏が激しいが、川沿いを通っていこう」


♦♦♦


 川沿いを進む事1週間。

 雨はあの後も降ったのだが、西の大河は氾濫せずにすんでくれた。

 ああ、ようやく街道につながっているのだろう橋が見えてきた。

 橋に上がると、森を出た事を痛感する。

 目の前に広がるのは、一面の平原だったのだから。


 わたしガザニアと、ガーベラの冒険が、いよいよ始まるのだ。

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