第11話 俺だけが知っている
静まり返った社内で、一条明は自分のデスク前に腰かけていた。
ほんの少し前まで居た、七瀬奈緒はもういない。
何度声を掛けても虚ろな返事をする明を、彼女は最後まで心配していたが、終電の時間が迫ると共に彼女は帰ってしまった。
「…………」
感情の読めない明の瞳が、ついと動いて壁掛け時計に向けられた。
――午前零時三十二分。
いつもならばその時間は、終電を乗り終え自宅への帰路を歩いている時間だ。
そして、同時に。その時間はこれまで二度、彼がミノタウロスに遭遇して殺された時間でもある。
(やっぱり、間違いない。死んだ瞬間に、俺は過去に戻されてる……)
黄泉帰りのスキル説明にあった、特定地点へ回帰するという言葉。
いわゆる、死に戻り。もしくはリセット。タイムリープと呼んでもいい現象だろう。
(まるで、ゲームでいうところのセーブとロードを繰り返しているみたいだ)
だが、事態はそう単純ではない。
明は、視線を動かして表示させていた画面を見つめた。
――――――――――――――――――
一条 明 25歳 男 Lv1(3)
体力:5
筋力:10
耐久:9
速度:4
幸運:4
獲得ポイント:2
――――――――――――――――――
固有スキル
・黄泉帰り
――――――――――――――――――
(……もし、俺が単純に過去へと戻っているなら、このステータス画面はありえない。これは、俺がゴブリンを倒した結果、レベルアップやトロフィーを獲得した後のステータス画面だ。ただ過去に戻っただけなら、俺のステータス項目は元に戻らなくちゃおかしい)
レベルだけが下がり、伸びたステータス項目はそのまま。
例えるならそれは、前回の状態を引き継いだニューゲーム。いわゆる、強くてニューゲームと言うべきものだろう。
(これが、強くてニューゲームというやつなら…………。この、レベルの下にある、この括弧の中の数字は何だ?)
心で呟き、明はステータス画面の中にある、その場所へと目を向ける。
(……生き返った数、じゃねぇよな。今、四回目だし)
それ以外で考えられることは、括弧の中は前回のレベルを示すもの。それも確定出来るものではないが、現状では一番有力なところだろう。
「ひとまず、過去に戻っても獲得ポイントが無くならなかったのは、ラッキーだった……と、思うべきなのか?」
呟きながら、明はワークチェアーの背もたれに体重を掛けた。
ギシリと鳴ったワークチェアーの悲鳴を聞きながら、明は天井を見上げると、前回のことを思い出して自問自答を重ねる。
(なんで、あの世界は滅んでいたんだ?)
そんなの、考えるまでもない。あの世界にはモンスターが居た。モンスターによって、あの世界は滅びたのだ。
(……だったら、警察や自衛隊はどうなったんだ?)
分からない。けれど、あの世界の様子を見るからに、警察や自衛隊では防げなかったのは事実だ。
(銃火器がモンスター相手には通じなかった、とか?)
それは考えにくい。何せ、ゴブリンを撲殺出来たぐらいなのだ。銃火器さえあれば、ゴブリンどころかミノタウロスでさえも倒せそうに思える
(…………だったら、なおさらどうして、この世界は滅びたんだ? そもそもどうして、この世界にモンスターがいる?)
分からない。考えれば考えるほど、分からない。
けれど、ただ一つ。たった一つだけ、はっきりと言えることは。
今、この瞬間。この時。
――――この世界がいずれ滅ぶことを、俺だけが知っているということ。
「……死にたくない」
明は小さく呟いた。
「死にたくない!」
もう一度、明は決意を固めるように同じ言葉を口にした。
「もう、あの感覚はまっぴらだ!! 痛みも苦しみも、もうたくさんだ!!」
明は拳を硬く握り、八つ当たりをするように語気を荒げると力強く机を叩く。
どうして、自分だけがこんな目に合っているのか。
どうして、何度も生き返り、また死ななければならないのか。
そんな怒りが、明の中に沸々と湧き上がってくる。
「俺は絶対に生き残るッ!! この先、いずれこの世界が滅びようとも、俺だけは絶対にッ!!」
言って、明は立ち上がった。それから素早く壁掛け時計に視線を向けて、これからのことへと思考を巡らせる。
現在、午前零時半すぎ。この時間にはもうすでに、ミノタウロスがこの世界に現れている。死に戻る前の記憶で分かったことは、これから数時間もすれば世界中にはモンスターが現れているということ。
それはつまり、あのミノタウロスの出現は始まりにすぎず、時間が経てば経つほど、この世界に現れるモンスターの数は爆発的に増えていくということに他ならない。
(――あの世界で生き残るには、絶対にこのステータスが重要だ。今はまだ、ミノタウロスの相手は出来ないだろうけど……。ゴブリン相手なら、まともな武器さえあれば何とかなりそうだったな)
あの時は素手で挑み、相手の棍棒を奪い取ることで生き延びたが、それもそう何度も出来ることではないだろう。
この世界がモンスターに支配される未来が決まっているのならば、今の内に武器を調達しておけばいい。
準備が必要だ。
これから訪れるであろう、世界の崩壊に備えた万全の準備が。
「――――よし」
明は自らのステータス画面を、手を振り掻き消すと、足早に会社を後にした。
世界が滅びるまで、残り数時間。それまでにやるべきことを、出来る限り済ませよう。
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