第12話 準備



「ありがとーございましたー」


 深夜担当の店員のやる気のない挨拶を後ろに、明は大きな荷物を手にド〇キをあとにする。

 買ったものは数日分の食料、水、着替えとリュック。懐中電灯やヘルメット、武器代わりに選んだ包丁。その他にもいろいろと細々としたものだ。

包丁だけでどこまで戦えるのか分からないが、それでも無いよりかははるかにマシだろうと考えた結果だった。


「結構買ったつもりだったけど……。この量にしては軽いな。筋力が上がったからか?」


 明が自分の身体に起きた変化に対して呟いていたその時だ。

 ふと何かを思い出したかのように、歩みを進めていた明は急にその場で立ち止まった。


(……そうだ。家の近くには、ミノタウロスがいるんだった)


 出会えば間違いなく死ぬしかないモンスターだ。

 明は少しの間思考を巡らせると、それからすぐに向きを変えて、今度は会社に続く道へと足を向けた。

 どうせ、この時間になれば会社には誰もいない。残り数時間もすれば出社どころの騒ぎではなくなるのだ。それならば、会社を拠点にするのも悪くない。

 そう、考えてのことだった。

 会社にはほどなくして到着した。裏口に回って、社員に――とりわけ社員の中でも人一倍残業をする一部の社員に渡されている会社の裏口の鍵を使って、明はそろりと中に入る。



(――そう言えば、前回は社内にゴブリンが居たんだっけ。……まあ、あのゴブリンもきっとどこからか入って来たヤツだろうし……。今は居ないと思うけど、念のために見ておくか)



 前回は不意を討たれて殺された。

 これから、この会社を拠点とするためにも、まずはモンスターが居ないことを確認することが先だろう。

 明は、買ってきた物の中から包丁と懐中電灯を取り出すと、ごくりと一度唾を飲み込んで、慎重に会社の中を探索していく。

 時間を掛けて全ての部署と部屋の隅々を見回って、そこにゴブリンが居ないことを確認すると、明は最後に残しておいた自分の部署へと赴いた。


「ここにも……いない、か」


 最後に自分の部署を見回って、明はゴブリンが居ないことを確認すると安堵の息を吐きだした。

それから、明は買ってきた荷物をようやく床に広げて、一つずつ丁寧にリュックの中へと詰め始める。それらすべての荷物を纏め終わる頃には、時刻が午前一時を回っていた。


「…………もう、モンスターが見つかってる頃かな」


 明はジッと耳を澄ませたが、未だに外の騒ぎは聞こえてこない。

 ならば世間の動きはどうだ、と明はSNSを開いて、検索ワードに『モンスター』や『ゴブリン』、『ミノタウロス』などと言った単語を入れて調べ始めた。しかし、それらの単語を入れて出てくるのは、アニメや漫画、ゲームの話題ばかり。それもそうか、と明が諦めたその時。一つの呟きが明の目に留まった。


『ちょ、待って。これってゴブリン? 俺、異世界転生しちゃいました?』


 そんな言葉と共にSNSにあげられているのは、どこかの路地裏でしゃがみ込んでいる、小さな体躯の子供の写真だった。投稿主はかなり遠くから撮っているのか、暗闇とも相まってその姿ははっきりとは見えない。

 けれど、言われてみれば確かに、その写真に写っているのはゴブリンのような見た目をしていて、よくよく拡大して見れば、その子供の肌は肌色ではなく緑色のようだった。



(……五分前か)



 投稿主のフォロワーがかなり少ないからか、その画像付きの呟きに反応した者は未だ誰もいないようだ。

 明はそれからもSNSの呟きを漁って、それ以上のそれらしい呟きがないことを確認すると、今度は大手掲示板サイトを開いた。

 ざっと立ち並ぶスレッドを見ていくと、とある一つの題名が目に留まる。

 それは、今から三十分前に中国で龍に似た生き物が空を飛んでいたという話題のもので、件の掲示板には確かにそれらしい姿の生き物が空を飛ぶ様子が画像付きで貼りだされていた。


(やっぱり、世界中で現れてるんだな)


 だがしかし、それでもまだ、本格的に出現しているというわけではないようだ。

 念のためにSNS上で『monster』や『goblin』などと言った、英単語も検索してみるが、その結果は日本とさほど変わりがないようだった。


「……まだ、時間があるのか?」


 難しい顔で明は呟き、考える。

 一応、当面の備えは出来ているがそれでもまだ足りない。

 朝になれば事態は明るみになり、世界は大混乱に陥っているのは確かだが、まだその事態が明るみになっていないのであれば、今の内に出来る限りの物資を集めておいたほうが良いのは確かだろう。


「……買い物に行くか」


 とにかく、今出来るのはそれぐらいしかないだろう。

 そう結論を出して、明は再び動き出す。



(そういえば、さっきの買い物で有り金を全部使ったんだっけ)


 財布を手にして、会社を出たところで明はふと、そのことを思い出した。



「はぁ…………」


 ため息を吐き出し、当初の行先を決めた。


(コンビニで、あるだけの貯金を下ろすか)


 どうせ、世界が滅びれば紙幣の価値なんてなくなるだろう。

 この際だから今のうちに物資に変えよう。

 そんなことを思いながら、明は会社を後にしたのだった。

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