第6話 異変
耳に届くその聞き慣れない音に、一条明は薄っすらと瞼を持ち上げた。
見慣れた天井――もとい、見慣れたデスクの裏側。
(……ああ、そうだ。確か、終電を逃して、俺…………)
その光景をぼんやりと見つめて、明は昨夜のことを思い出す。
公園から会社へと戻ったあと、明は自分のデスク下に常備してある寝袋に入り、そのまま寝入ったのだ。
「……? やけに外がうるさいな」
目覚まし代わりとなったその音に、明は顔を顰める。先程から鳴りやまないその音は、サイレンや警報と呼ばれる類のものだ。どこかで火事か事件でも起きているのだろうか。延々と鳴りやまないその音は、聞いていて気持ちの良いものではない。
(いま、何時だ?)
寝ぼけた眼で明はスマホを開き時刻を確認した。
――午前十時二分。そこに表示されたその数字に、明の思考は数瞬の間止まった。
「じゅっ、十時!? ――ッ、いってぇ!」
慌てて、飛び起きると同時にデスクの裏に頭をぶつけた。
その衝撃に声を漏らしながらも、明はもぞもぞと動いてデスクの下から這い出る。
それから、慌てて起き上がると、誰ひとりいない静まり返った社内が目に入った。
「なんで、誰もいないんだ? 今日、休みだったっけ」
いや、そんなはずはない。
今日は金曜日で平日だ。そもそも、休日だろうと関係なく、誰か一人は必ず出社している人間がいる開発部第一課だ。
仕事が趣味と言い切る、あの主任でさえも出社していない。
誰ひとり出社していないなんて、絶対にありえない。あまりにも異常な光景だ。
(この、サイレンが原因か?)
と、明が考えたその時だ。
「ゥゥウウウウガァアァアアアアアアアアッッ!!」
ビリビリと空気を震わせる轟音。いや、正確に言えば何かの鳴き声が、会社の窓だけでなくこの場の空気をも震わせた。
「なッ――――」
言葉を失い、明はその声の正体を確かめようと、慌てて会社の窓の傍へと近寄る。
そして、明はその光景を目の当たりにしてしまう。
窓の外の通りを駆け抜ける黒い狼の群れ。大きな牙を持つ巨大な猪に、人の頭ほどの大きさがある巨大な蜂。鳴き声を上げながら空を飛び回る巨大な翼を持つ怪鳥。
――世界が、モンスターに侵略されている。
そう、表現するしかない悪夢の光景が窓の外には広がっていた。
「なんだよ、コレ……」
呟き、明は唖然としてその光景を見つめた。
理解が追いつかない。いや、理解したくもない。これはまだ、夢の中にでもいるのか? いや、そうに違いない。昨日から続くおかしな出来事はやっぱり夢だったんだ。そうでも思わないと、だって、これは――――。
ふと、明は通りにしゃがみこんだ小さな姿を見つけた。
緑の肌、子供ほどの体躯。醜悪な顔と、濁った黄色の瞳。
――ゴブリン。
そこに居たのは、そう表現するしかない生き物だった。
ゴブリン達は座り込み、一心不乱に何かを口に詰めていた。
「なんだ? ――――ッ!!」
じっとソレを見つめて、明はようやく気が付いた。
地面を濡らす真っ赤な血。ぐるりとあらぬ方向を向いた目。だらりと開かれた口。潰されてぐちゃぐちゃになった四肢と、力任せに引き裂かれたとしか思えない腹から零れ出るその長い袋のようなモノ。
「う、おぇぇええええ!!」
ソレが何かを知った時。
明は口いっぱいに酸っぱいものがせり上がってきて、どうすることも出来ないまま、その場に座り込んで胃の中の物を全て吐き出した。
――――食っている。人を、食っている! 化け物たちが、俺たち人間を喰っている!!
「はぁ、はぁ、はぁ……」
ぐいと口元を拭って、明はよろよろと立ち上がる。
「なんだよコレ……。なんだよコレ!! 街が、世界が、モンスターに侵略されてるッ!」
よろよろと窓際から遠ざかりながら明は呟く。
それから、ハッと何かを思いついたような表情となると、慌てるようにしてポケットからスマホを取り出した。
「ね、ネット!! ニュースサイトなら、この原因が出てるはず!!」
言いながら、明はすぐさまスマホを開きネットへの接続を試みる。幸いにも、こんな世界へと変わってもネット環境は生きていたようで、ニュースサイトにはすぐに繋がった。
――世界同時か。出現した異形の生物による被害多数。
――日本政府、国内の全世帯に対して、指定された避難所への避難命令。
――止まらぬ被害。政府は出現した生き物の討伐に、自衛隊の出動を要請。
――異形、正式名称は〝モンスター〟に決定か。
――欧州、現れたモンスターに対して共同戦線を宣言。
――米軍一時撤退。西部に出現した翼竜の群れに打つ手なしか。
――露、魔に堕ちた街に対して爆撃による殲滅を決定。
一覧に表示された数々の題名。
それら一つ一つの文字に明の視線は向けられて、その内容が瞬時には理解出来ず、思考が止まった。
「世界同時? モンスター? 西部に出現した翼竜――って、なんだよ、コレ!! どういうことなんだよッ!!」
声を上げて、明は叫ぶ。
何かの間違いだと、必死になってニューストピックの一つ一つを読んでいくが、そのどれもが被害を伝えるものばかりだ。
その内容から明は、これまでの日常が一晩にして崩れ去ったことをようやく理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます