第4話 二度目の目覚め



「――――う。――じょう! おい、一条ッ!」


 聞き覚えのある呼びかけに、明はハッと意識を取り戻した。

 慌てて周囲を見渡し、そこが会社の自分のデスクであることを確認して、そこでようやく、明は自らの身に起きたことを理解する。



「…………戻ってる」



 あの夢の出来事を――正確に言えば、確かに起きたのであろうあの現実を覚えたまま、また同じ過去に戻っている。

 自分の身に何が起きているのかが分からない。

 どうして、同じ過去に戻っているのか。いや、そもそも。どうしてこんなことが起きているのか。


「何が……。いったい何が起きてるんだ」


 呆然と、明が言葉を口にしたその時だ。



 ――チリン。



 ふいにまた、あの音が響いた。

 その音に反応して、明は顔を上げる。そして、その画面を目にしてしまう。




 ――――――――――――――――――

 クエストに失敗しました。

 ――――――――――――――――――

 条件を満たしました。


 ブロンズトロフィー:二度目の死亡 を獲得しました。

 ブロンズトロフィー:二度目の死亡 を獲得したことで、以下の特典が与えられます。


 ・耐久値+5

 ――――――――――――――――――




「なんだよ……これ」


 クエスト失敗?

 ブロンズトロフィー?

 耐久値?

 いったい何のことだ。いや、それよりもこの画面はいったい何なんだ!



「一条ッ! 聞いているのか!? おいッ!!」


 背後からかけられる声が大きくなる。それが誰であるかなんて、考えるまでもなかった。



「……主任」

「――――ッ!? おい、どうした。顔が真っ青だぞ!? 具合が悪いのか!?」

「主任、これって、どういうことですか」


 言って、明は目の前に表示される青白い画面を指さす。

 すると奈緒は明の指先を見つめて、すぐに怪訝な顔となると口を開いた。


「……? これ? なんのことだ?」

「なんのことって――。これですよ、これ!! この画面です!!」

「…………お前が今まで打っていたプログラムのことか? 別に、特別おかしなところは見受けられないが」


 ちらりと、奈緒は明のデスクの上にあるパソコン画面を見て言った。

 そこには、死に戻る前の明が開いていたのであろうプログラミング画面が開かれている。


「違います! これ――この、青白い画面です!!」

「…………どれだ?」

「これですよ! 見えないんですか!?」


 そんな、ありえない! これだけはっきりと目の前に表示されているのに、それが見えないだなんて!!

 明は、必死に指をさして奈緒に向けてその画面のことを伝えた。しかし、明が必死になればなるほど、奈緒の眉間には皺が寄っていく。



「一条。残念ながら、私にはお前が何を言いたいのかが分からない」


 奈緒は大きなため息を吐き出すと、心配な表情を浮かべて明の顔を見つめた。



「根の詰めすぎだ。納期が近いのは分かるが、今日はもう帰れ」

「そん、な…………」


 冗談ではなく本気で言われたことを明はすぐに察して、愕然とする。

 もしかして本当に……この画面が見えていないのか? これだけはっきりとそこにあるのに?


「俺だけにしか見えないのか?」


 小さな声で呟かれる明のその言葉に、奈緒はさらに眉間に皺を寄せた。だが、それ以上は何も言わず、ただ無言で、明を労わるようにぽんぽんと肩に手を置くと、


「いいかげん、早く帰れよ。私も、もう帰るから」


 そう言って、自分の席へと戻って帰りの身支度をはじめたのだった。



 明はその様子を見ながら、震える唇でゆっくりと息を吐く。

 そしてようやく。明は理解する。

 自分が、常識では考えられない何かに巻き込まれたことに。


「それじゃあ、本当に俺は、過去に戻っているのか?」


 呟かれるその言葉に答えてくれる者はいない。けれど、その問いかけが正しいことは、これまでに二度経験した、タイムリープとも言うべきこの出来事が物語っていた。



(だとしたら、このまま家に帰れば……その途中でアイツに出会って、俺はまた、死ぬ?)


 死に瀕した際の、あの痛みと苦しみを思い出して、明は思わず身体を震わせた。



(どうすれば……。どうすればいいんだよ)



 ――いや、どうすればいいのかなんて、考えなくても分かる。

 非日常とも言えるこの出来事と共に現れた、この謎の画面。これから先にある絶望の未来がもうすでに決まっているのだとしたら、それを抜け出す鍵はきっと、同時期に現れたこの謎の画面にあるに違いなかった。


(…………何か、他の画面があったりしないか?)


 見たところ、この画面はゲームで見るウィンドウ画面によく似ている。

 耐久値という単語があるのを見るに、何かしらのステータスが今の自分にはあるのだろう。


(問題は、どうやってその〝ステータス〟を見るのかだけど……)


 明がその言葉を心の中で呟いた瞬間のことだ。

 明の眼前に表示された画面は切り替わった。




 ――――――――――――――――――

 一条 明 25歳 男 Lv1(1)

 体力:3

 筋力:3

 耐久:7(+5Up)

 速度:2

 幸運:2


 ポイント:0

 ――――――――――――――――――

 固有スキル

 ・黄泉帰り

 ――――――――――――――――――




「うおっ!?」


 唐突に表示されたその画面に、明は思わず驚きの声を上げた。

 すると帰り支度をしていた奈緒が明へと目を向けて、すぐにその視線を鋭くさせた。おそらく、いつまでも帰り支度をしない明を訝しんだのだろう。

 それを察した明は、奈緒に向けてぺこりと頭を下げると慌てて身支度を整えた。

 分からないことは多いが、いろいろとこの画面のことを試すには今は都合が悪い。

 何もない空間を見つめ、唐突に声を出すその姿は傍から見れば奇妙そのものだろう。……だったらまずは、人目につかないところに行かなくては。

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