第21話 改竄

 目の前に佇む少女に名状し難い懐かしさを感じた。だが、何故かは分からない。何で……なんだろうな。


「……」


 静かだ。この世界には僕しかいないと錯覚するほどに。……ただ、僕から見た景色はぼやけていた。



「私は貴方達・・・のことを知っている」


 そんな長く感じた沈黙の時間も、その一言で終わりを告げた。……実際にはほんの僅かな時間だったのかもしれないが。


「だから、本音を包み隠さず教えて欲しい。……貴方の望みは何?」


 紅い光を宿した瞳がこちらを見つめてくる。その宝石よりも美しいであろう瞳は、僕を見つめているのに、僕ではない誰かを見つめているようだった。

 だが、そんな事はどうでもいい。


「……僕の、望み?」


 僕の、僕の望みって……何だ? 僕が望んでいることは何か、僕は何のために生きているのか……靄がかっているような感じで、分からない。見えない物を見ようとしているようだ。


「貴方には聞いてないから、別に考えなくていい。貴方には望みなんて無いんでしょ? 私は貴方じゃない、貴方・・に聞いているの」


「何を言っているんだ。僕ではないなら誰に……」


「だから、貴方。貴方に聞いてるの」


 この少女が言う「貴方」が指しているのは僕以外にいないが……どういうことなのだろう。


「……別に言えないならいいよ。貴方の望みなんてとうの昔から知ってるし」


 ――とうの昔から知ってる


 彼女は今、そう言った。僕がこの世界に来たのは数ヶ月前なのに。それも、昔に会った記憶もない。勿論、この世界でもあちらの世界でも。


「貴方の望みは……奴を消すこと。復讐心に駆られ、奴に報いるために一生を捧げてきた貴方が、今になって諦めているはずがない」


「……さっきから君は何の話をしているんだ。僕は奴なんて知らないし、復讐心に駆られたことも――」


「ここまで来ても、まだ出てこない・・・・・の? もしかして、私が誰か分かってない?」


 少女は僕の話を無視して語り出す。


「『頂点ヴァーテックス』、こう言えば分かるかな? 流石に忘れてないよね」


「『頂点ヴァーテックス』……?」


 日本語に訳すと、頂上や頂点とか、そんな感じの意味だったか。紛れもない英語だ。だからこそ、突然そう言った少女の意図が更に分からなくなる。


 そう思った直後――


 ――ここはが出る。だから、お前は少しだけ引っ込んでくれないか?


 そんな声が、脳裏に響いた。



   ***



「やっと来てくれた?」


 少女は嬉しそうに、微笑んだ。だが、屈託のないその笑顔からは、一切の感情を読み取ることができない。嬉しそうな雰囲気はあれど、それが真実かは分からない。


「……俺には時間がない。手短に伝えてくれ」


「分かった。じゃあ、始めるね」


 その瞬間、少女の瞳から輝きが失われる。元から輝いていなかったと思ってしまうくらい、その瞳は暗い。底が見えない深海よりも暗く、深い。されど、呼吸を忘れてしまいそうになるほど、美しかった。


「貴方は幾つか致命的な欠陥がある。それを貴方が補ってた訳だけど……奴が思い描く最高傑作には程遠い。そこに付け入る隙がある」


 少女は淡々と機械のように語る。先ほどの姿とは大違いだ。だが、その姿は自然な感じである。

 そんなことを気にも留めた様子を見せないまま、レイは口を開いた。


「それは俺自身がよく分かっている。邪魔者もいるし、支配もあるからな。限界なんて直ぐに見えてくる」


 そう話すレイの瞳には、輝きがない。深く濁った赤い・・瞳は少女の瞳のように暗く、この世に生きている者とは思えないほど。


「そこまで理解しているのならいい。後は私に任せて」


「……ああ、任せた」


 ――たったこれだけの短い時間が、レイには途轍もなく長く感じた。



   ***



「貴方は強くならなければいけない。だから貴方を改竄させて貰う」


 少女が突然英単語を言ったという事に混乱した。だから、その直後にそんな事を言われると困る。

 ……本当に、この少女は何を伝えたいんだ?


「君は何を言っているんだ。なぜ僕が強くならないといけない。消去とか置換とかもよく分からな――」


 そう言い切る前に、視界が少女の手で覆われた。


「申し訳ないけど、眠ってて」


 あれ? 視界が、暗く……。



   *



『エラー発生。支配者ルーラーとの接続が遮断されました』


『警告。不正なアクセスが検出されました。直ちに確認してください』


   ︙


『【導き】が消去されました』


『管理者権限を所有するアカウントが変更されました』


   ︙


『設定が変更されました』


『【天恵】を授けられました。【天恵】に関しては、天恵の儀までお待ちください』



   *



「これで改竄は完了。後は……」


 そう呟く少女の周辺には、レイたちや田中たちが横たわっていた。意識がないようだが、呼吸はしている。


「『ウルフ』、貴方の出番。後片付けを済ませて」


「りょーかいっ」


 ウルフと呼ばれた少年は、どこからともなく現れた。彼の金色こんじきに輝く髪は、隠密に向いていなさそうと思わせるほど、目立っている。


「完了したらリンクして。二人・・に話すことがある。貴方達が気になったことは聞いてもいい」


「……コードは?」


「この紙に書いてある。5秒後に燃えるから、それまでに覚えて」


 その紙には、『a0l7l2u8n』という英数字・・・が書いてあった。


「コードの中に紛らわしいのがあったけど、あれは結局何?」


 紛らわしいの、とは『l』のことだろう。ちなみに、コードが書かれた紙は既に燃えた。


「両方『エル』」


「それなら大丈夫。……今更だけど、敬語を使った方が良い?」


「そんな事はどうでもいいから、早く済ませて」


 周辺に大勢の人が倒れている中、そんな会話が交わされていたのだった。




――――――――――――――――――


 後書き失礼いたします。


 更新が遅れて申し訳ございません。自分が納得いく執筆ができなかったことや、用事が重なって遅れてしまいました。

 ……言い訳の時間はこれで終わりです(笑) 今後も、更新頻度を上げられるように頑張っていきたいと思います!

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