第20話 少女は微笑む

「ボ、ボスの……正体、だと……」


 唖然として目を見開く田中。その後ろに倒れていた・・・・・部下たちも、その言葉を耳にしたからか、ピクリと身体からだを震わす。


「……わざわざ遠回りする必要なんてなかった」


 そう呟いた少女は、即座に田中の正面に移動すると、彼の顔面を小さな手で覆った。


「何をしやがるッ⁉︎」


 咄嗟に田中が反応し、暴れようとしたが――彼は次第に抵抗をやめ、静かになっていく。

 その様子を僕らは黙って見るしかない。逃げようとしても無駄だろう。逃げられるわけがないし、そもそも身体が動かない・・・・・・・。声を出すこともできないので、黙るしかないのだ。これではまるで石像のようである。


「……わかった。もういいよ」


 少女は田中の額から手を離す。その表情からは感情を読み取ることができなかった。……それよりも、「わかった」とは――


「わかった、だと?」


 田中も同じことを思ったのだろうか、そう問いかける。


「文字通りだよ」


 文字通り「わかった」とのこと。つまり、ボスとやらの正体を掴んだことを指していることになる。だが、僕からしたらハッタリにしか思えない。いや、僕以外の人でもそう思うだろう。


「ここまで言えば流石にわかるでしょ? こんなに弱いのに頭まで悪かったら貴方のボスから見放されるだろうし」


「俺が弱いだと⁉︎ 俺は弱くなんかねぇ!」


 田中がえる。


「ボスのことを何も知らねぇくせに――」


死神・・でしょ? それなら知ってるよ」


「ッ――!」


 田中の発言を遮るように少女はそう言い放つ。田中はその顔を驚愕の色に染めながら、じりじりと後退していった。逃げる気なのか?


「もう言うことはない? それなら――さようなら」


 そう言い終わった瞬間、辺りは紅く染まった。


「……もう会うことはないだろうけどね」



 少々から逃れようとした田中は勿論、その部下たちも全員地に伏せている。ある者は首が地に転がり、ある者は四肢が捻れ、ある者は腹から臓物をぶち撒け、ある者は頭から真っ二つに――。

 一瞬で、辺りは地獄と化した。比喩表現なんかではない。十数人が気付いた時には亡き者となっていたのだ。少女は動いておらず、僕たちは田中の方をずっと見ていたというのに、捉えることができなかった。


 この光景を見た者は、大抵が気を悪くするだろう。子供なら尚更だ。嘔吐する者だって少なくはないはずだ。だが、僕たちはそうならない。何度でも言うか、動けないからだ。

 僕は別にこの光景を見ても何とも思わないが、ソルデウスたちはどうなのかわからない。もしかしたら目を背けたいのかもしれない。だが、そんなことは僕にわかるはずもないし、本人がそう思っていたとしてもできることではない。


 こんな状況でなぜ冷静になれるのか、自分でもわからない。以前から薄々思っていたんだ。こんなの、おかしいに決まっている。今は冷静というか、何というのかわからないが……。


「貴方たちは私に関係ないから殺さないよ。だから怖がらなくていい」


 少女はこちらに振り返り、そう微笑んだ。そんな彼女の頬には誰かの血がついている。

 それを見て、僕の身体は震えたような気がした。当然、気のせいだが。


「だけど、記憶は貰うよ」


 ――え? 記憶を……貰う? そんなことができるというのか?


「記憶を貰うなんて……できるわけないだろ!」


 ゼルシスが叫ぶ。先ほどまで声を出すことができなかったはずだが……。


「声なら出せるようにしておいたよ?」


 少女が僕の方を向いてそう言った。あたかも、自分が僕たちの声を出せないようにしたかのように。……いや、これは少女の仕業か。その方が辻褄が合う。


「じゃあ、貰うね」


 少女がそう言うと、彼女と僕以外の全員が突然倒れた。


「貴方にはまだ用があるから、待っててね。直ぐに貴方の番も来るよ」


 少女は微笑む。その笑顔は年相応のもので、非常に可愛らしい……というより、美麗だった。ほとんどの男性が恋に落ちてしまいそうなくらいに。

 だが、それよりも――何だか、懐かしく感じる自分がいた。

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