第19話 恐怖
「Tell me about your boss」
その少女は、真紅の双眸で田中を見つめ、そう
そう言っている間にも、少女はステラの剣をそのままへし折り、田中を蹴飛ばした。そして、田中の元へ駆けていく。手加減したのか、田中は木を貫通することなく、木で衝突して止まる。
「Hurry up and tell me」
目の前の光景を見て、僕たちはただただ黙ることしかできなかった。否、声が出なかった。あの『メテオバニッシュ』を片手で受け止めた挙句、木の枝を折るかのように剣をへし折り、2mを超える長身の田中を軽々と吹き飛ばした。その衝撃は名状し難いもの。それは、みんなも同じだろう。
……英語は久しぶりに聞いたが、一応覚えている。「Tell me about your boss」は「あなたのボスについて教えて」で、「Hurry up and tell me」は「早く教えて」と訳せる。英語にはしばらく触れていなかったので、違う可能性もあるが……少女は田中から「ボス」とやらの情報を聞き出そうとしているとみていいだろう。
現在は田中に意識が向いているが、いつ僕たちに牙を剥いてくるか分からない。ここは静かにしておくのが得策なはず。
「Oh…….この世……国の人にはこの言語が通用しないんだっけ。自動化をOFFにしていたけど、しない方がよかったかも」
片言で、虚空に向かって独り言を呟く少女。田中を当然のように踏みつけながら思案する少女の姿を見て、恐怖を感じた。どこかおかしい。人間から何かを抜き取ったような……そんな感じがする。なぜかは分からない。ただ、漠然としている。
「……そんなこと考えてる暇はないし、早く聞き出さないと」
彼女は何をしようとしているのだろうか。そう考える余裕が僕にはあった。……いや、これは余裕なんかではない。そう、別の何かだ。
「What's your name? ――あなたの名前は?」
再び田中に話しかける少女。だが、田中は既に気絶してしまっている。それは、あの時の蹴りがどれほどの威力だったかを物語っていた。
「あの子、は……一体、何なんだ?」
全員が心の中で思いつつも言い出せなかったことを、ゼルシスが呟いた。麻痺しているからか、上手く喋れていない。
「分かりません。……ですが、少なくとも私たちでは歯が立たないことは明確です。例えるなら、ホーンラビットの幼体とドラゴンの幼体を比べている、といったところでしょうか」
間近でその力を感じたステラは、平然と恐ろしいことを言った。ドラゴンの幼体がどれほど強いのかは分からないが、イメージや、ホーンラビットの幼体と比較しているという点からして、相当な実力はありそうである。……というか、あのステラが「歯が立たない」と言った相手だ。弱いわけがない。
「あなたの名前……何?」
僕たちがヒソヒソと話し合っていると、気付けば田中は目が覚めており、少女の尋問を受けていた。
「俺の名前? ハ! 教えるわけね――」
その瞬間、田中の顎が蹴られた。その衝撃のせいか、田中は白目を剥き、泡を吹いている。その様子を僕たちは静観するしかない。
「そういえば、解毒薬を飲ませていませんでしたね。今、投与します」
――ステラを除いて。
ステラだけは、何事もなかったかのように平然としている。それも、僕にとっては恐ろしかった。……恐怖なんて、感じたのはいつぶりだったか。そもそも、これが――。
僕たちが解毒されている内に、田中の尋問は再開された。
「あなたの名前は?」
「俺は……田中0号だ。言っとくけど本名だからな! だから、蹴ったり殴ったりすんなよ!」
田中はよっぽどあの蹴りが怖かったのだろうか。屈強な見た目をしているのに、案外弱いのか? ……そんなわけないか。
「ふーん。田中、ね。Japaneseみたいな名前。0号は変だけど」
「じゃぱ……何とかって何だよ」
「その質問に私が答える義理はない。質問するのは私。あなたはただ答えてれば良いだけ。機械みたいな名前のあなたなら、できるでしょ?」
「はぁ? 何様だ、テメェ!」
煽られた田中が怒り狂う。その姿からは物凄い威圧を感じるが、少女はものともしなかった。
「へー。そんなこと言うんだ。だったら……」
少女はそう言い、手を振り
「あ゛?」
田中の右腕が、跡形もなく消え去った。
「何だ……あれ」
ソルデウスがそう呟いてしまうくらい、衝撃的な光景だっだ田中の右腕の付け根からは血が吹き出て、地が真っ赤に染まっていく。田中は、そんな状況に頭がついていけていないのか、口を開いて呆然としていた。
「今回は特別に痛くないようにしたけど……次は容赦しないよ? 無くなった腕を戻して、今のを何回も繰り返したり、臓物を体外に出して、それを口に突っ込ませて咀嚼させて再生さ――」
「わ、わかったからやめてくれ!」
顔を真っ青にする田中。無理もない。こんな恐ろしいことを言われたらそうなるだろう。まあ、少女が言ったことを実際にできる気はしないのだが。
「こんなに早くわかってくれて助かるよ。うっかり殺しちゃったら私も困るし」
そう微笑む少女。その笑顔は年相応のもので、それを見た者は全て魅了してしまいそうな、そんな美しいものだった。だが、そんな風に感じた人は、少なくともここにはいないだろう。
「あなたのボスについて教えて? これが、私からの最初の質問だよ」
――この一言で、尋問が再開された。
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