第18話 決着は唐突に
ステラの手には、白銀色に輝く長剣が握られていた。日本では見ることなどない、正真正銘の本物。ただ、人を殺すには頼りないくらいの細い剣身からは、儚さを感じた。レイピアよりは太いものの、一般的(?)な長剣よりは細い。
「……人質がいたのにも関わらず、一号、二号、三号を
固まっていた男が、口を開いた。
「黒装束の方たちでしょうか? それならば退場してもらいましたよ。そして、人質は解放させて頂きました。早すぎる……と言われてもよく分かりませんが」
ステラはそうあっさりと言い切ると、剣の切先を男に向ける。だが、男はそれでも愉快そうに笑い始めた。
「はは、はははっ! いいねぇ、いいじゃねぇかよ。予定変更だ。お前を嬲ってやるよ。殺っちまうかもしれねぇが、許してくれるよな。殺らなかったら殺らなかったで、お持ち帰りさせて頂くがなぁ!」
「そうですか。なら私も手加減はしませんよ。お互い亡くなっても文句はなしということで。あと、黒装束の方々も参戦して頂いて構いません。その代わりですが、そこの少年たちの安全は保証して下さい」
その二人が交わす言葉から、殺し合いを始めるということが何となく理解できた。
「おい、ステラ! 流石にお前でもその人数は無理だ!」
ゼルシスが叫ぶ。無理もない。流石にこの人数ではステラでも無理だと僕でも感じたからな。
「だってよ、小娘。まあ、俺はタイマンがしてぇから部下共は
「私は構いませんよ。私がいる間は彼らに危害を加えないのなら」
僕たちを置いて話がどんどん進んでいく。
「そうこなくっちゃな! じゃあ、早速やるか。おっと、その前に……七号。PA529を飲ませておけ。飲ませるやつを間違えるんじゃねぇぞ。あと、小娘にはこれをやる。今からやんのは解毒薬だ。3本しかねぇから、割らないように精々頑張りやがれ」
七号がゼルシスに液体を飲ませているうちに、男がステラに向かって3本の試験管を放り投げた。それを危うげなく、剣を持っていないもう一方の手でキャッチするステラ。
そして、僕の口内にも液体が流し込まれる。それと同時に、ステラと男の名乗り合いが始まった。
「私はステラ。
「俺は田中0号だ。言っとくが、本名だぞ。まあ、信じんのも信じないのも好きにしろ」
「タナカ……?」
ステラが小首を傾げる。田中……か。日本人の名字だよな。なぜあの男が田中を名乗ったんだ? 検討がつかない。
「そんじゃ、始めるぜ」
その一言を皮切りにして、
「16号!」
田中が叫ぶと、鈍い光を放つ戦斧が飛んできた。男にとっては丁度良さそうな大きさだが、ステラからすれば相当大きいものである。それを田中は片手で見事に掴んで、ステラへ向かって跳び、振り下ろした。
ステラはそれを軽やかなサイドステップで躱わすと、田中に向かって剣を水平に薙いだ。それを戦斧で防ぎ、
「そう来たか!」
田中は嬉しそうに叫ぶと、戦斧を両手で持って
これに当たるのはまずいということなど、素人である僕にも分かる。だからか、ステラは田中の近くにいたのにも関わらず、既に駆けて距離を置いていた。
「……隙だらけですね」
そう小さく呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。僕たちでは到底敵わない相手でも、ステラにとってはまだ余裕が残る相手ということなのだ。
「……遠、すぎる」
ソルデウスが、麻痺し始めている口を懸命に動かしてそう言った。ソルデウスも、ゼルシスも、僕も改めて実感した。その遠さを。その見えない底を。とても同年代とは思えない動きを見て、届かないと思ってしまう。それは、僕たちで共通のことだった。
「私が放つ一撃を耐えられないとは言わせませんよ? 早く終わらせたいので、倒れてもらっても良いのですけどね」
ステラがそう言い放つ。
「そういうことなら……俺もやってやるよ」
15mほどだろうか。二人の間にはそれくらいの距離がある。そんな中、ステラは剣を持っている腕を引き、刺突の構えをとった。対して、田中は戦斧を両手で持ち、後ろへ引く構えをとる。
「『アンタレス』」
「『
ステラも田中も思い切り家を蹴った。あっという間に両者は距離を詰め――
ステラは赤い光を放っている剣を田中に向かって勢いよく突き、田中はステラの剣が攻撃範囲に入る寸前に、凄まじい速度で戦斧を右斜め上から左斜め下に振り下ろした。
ステラの剣と田中の戦斧が接触した瞬間――眩い光とドォン! という轟音と共に、ステラと田中は弾き飛ばされた。
それでもステラは体勢を崩しておらず、即座に体勢を崩していた田中へ向かって追撃を仕掛けた。しかし、あと一歩のところで防がれてしまう。
「小娘……いや、ステラ。お前も天恵を授かっていたのか!」
「……しぶといですね」
田中の発言をスルーし、三連撃を放つステラ。田中は、その巨体からは想像がつかない身のこなしで連撃を全て避けた。
「楽しくなってきたな。仕事なんて忘れてもっと楽しみてぇ! ……いや、もう仕事なんてどうでもいい。今はただ……ステラ、お前との
「では、その楽しい時間をそろそろ終わらせてしまいましょう」
ステラが目にも留まらぬ速度で田中に斬りかかる。それでも、防がれて有効打とはならない。だが、ステラにはまだ余裕があるように感じられた。一方で、田中はこの状況を楽しんでいるものの、余裕がなさそうである。どこか焦っているようにも見えた。
それをステラは好機と見たのか、高く跳躍してあの技名を高らかに告げた。
「『メテオバニッシュ』」
白銀色の眩い光を纏った剣が、田中に向かって凄まじい速度で振り下ろされる。田中は防御の姿勢をとるが、僕とソルデウスがステラと模擬戦をした時よりも速度が数倍速く、あの戦斧では耐えられずに破壊されてしまいそうだ。
ズドォン! とけたたましい轟音が辺りに響き、砂埃が舞う。
その砂埃が晴れた先には、立ったステラと田中の死体がある、という光景はなかった。なんと――漆のような艶のある美しい黒髪を靡かせた、ゴスロリを着ている少女が田中を踏みつけ、ステラの『メテオバニッシュ』を片手であっさりと止めている光景が映し出されていたのだ……
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