第18話 決着は唐突に

 ステラの手には、白銀色に輝く長剣が握られていた。日本では見ることなどない、正真正銘の本物。ただ、人を殺すには頼りないくらいの細い剣身からは、儚さを感じた。レイピアよりは太いものの、一般的(?)な長剣よりは細い。


「……人質がいたのにも関わらず、一号、二号、三号をったのか? あと、それにしても5分はかかるはずなのにちと早すぎやしねぇか?」


 固まっていた男が、口を開いた。


「黒装束の方たちでしょうか? それならば退場してもらいましたよ。そして、人質は解放させて頂きました。早すぎる……と言われてもよく分かりませんが」


 ステラはそうあっさりと言い切ると、剣の切先を男に向ける。だが、男はそれでも愉快そうに笑い始めた。


「はは、はははっ! いいねぇ、いいじゃねぇかよ。予定変更だ。お前を嬲ってやるよ。殺っちまうかもしれねぇが、許してくれるよな。殺らなかったら殺らなかったで、お持ち帰りさせて頂くがなぁ!」


「そうですか。なら私も手加減はしませんよ。お互い亡くなっても文句はなしということで。あと、黒装束の方々も参戦して頂いて構いません。その代わりですが、そこの少年たちの安全は保証して下さい」


 その二人が交わす言葉から、殺し合いを始めるということが何となく理解できた。


「おい、ステラ! 流石にお前でもその人数は無理だ!」


 ゼルシスが叫ぶ。無理もない。流石にこの人数ではステラでも無理だと僕でも感じたからな。


「だってよ、小娘。まあ、俺はタイマンがしてぇから部下共ははなから参戦させるつもりはなかったけどな。ただ、お前を殺った後にアイツらで楽しませてもらう予定なんだよ。だから、逃げられねぇようにアイツらには麻痺薬は飲ませるからな。その間に邪魔してきたらアイツらを即座に殺る。あぁ、それと、解毒薬はお前にやるからもし・・俺に勝てたら飲ましてやれ。俺が勝っても飲ませるがな!」


「私は構いませんよ。私がいる間は彼らに危害を加えないのなら」


 僕たちを置いて話がどんどん進んでいく。


「そうこなくっちゃな! じゃあ、早速やるか。おっと、その前に……七号。PA529を飲ませておけ。飲ませるやつを間違えるんじゃねぇぞ。あと、小娘にはこれをやる。今からやんのは解毒薬だ。3本しかねぇから、割らないように精々頑張りやがれ」


 七号がゼルシスに液体を飲ませているうちに、男がステラに向かって3本の試験管を放り投げた。それを危うげなく、剣を持っていないもう一方の手でキャッチするステラ。


 そして、僕の口内にも液体が流し込まれる。それと同時に、ステラと男の名乗り合いが始まった。


「私はステラ。貴方あなたの名前は?」


「俺は田中0号だ。言っとくが、本名だぞ。まあ、信じんのも信じないのも好きにしろ」


「タナカ……?」


 ステラが小首を傾げる。田中……か。日本人の名字だよな。なぜあの男が田中を名乗ったんだ? 検討がつかない。


「そんじゃ、始めるぜ」


 その一言を皮切りにして、戦闘殺し合いが始まった。


「16号!」


 田中が叫ぶと、鈍い光を放つ戦斧が飛んできた。男にとっては丁度良さそうな大きさだが、ステラからすれば相当大きいものである。それを田中は片手で見事に掴んで、ステラへ向かって跳び、振り下ろした。


 ステラはそれを軽やかなサイドステップで躱わすと、田中に向かって剣を水平に薙いだ。それを戦斧で防ぎ、反撃カウンターで剣を粉砕しようとする田中。しかし、剣は戦斧に当たらず、田中の右脚へと流れるように向かっていった。ステラを見ると、少し屈んでいる。


「そう来たか!」


 田中は嬉しそうに叫ぶと、戦斧を両手で持って身体からだを凄いスピードで回転し始めた。その姿は、触れたものを全て粉砕する独楽こまのよう。……自分でも何を言っているのか分からなくてなってきた。


 これに当たるのはまずいということなど、素人である僕にも分かる。だからか、ステラは田中の近くにいたのにも関わらず、既に駆けて距離を置いていた。


「……隙だらけですね」


 そう小さく呟いたのを、僕は聞き逃さなかった。僕たちでは到底敵わない相手でも、ステラにとってはまだ余裕が残る相手ということなのだ。


「……遠、すぎる」


 ソルデウスが、麻痺し始めている口を懸命に動かしてそう言った。ソルデウスも、ゼルシスも、僕も改めて実感した。その遠さを。その見えない底を。とても同年代とは思えない動きを見て、届かないと思ってしまう。それは、僕たちで共通のことだった。


「私が放つ一撃を耐えられないとは言わせませんよ? 早く終わらせたいので、倒れてもらっても良いのですけどね」


 ステラがそう言い放つ。


「そういうことなら……俺もやってやるよ」


 15mほどだろうか。二人の間にはそれくらいの距離がある。そんな中、ステラは剣を持っている腕を引き、刺突の構えをとった。対して、田中は戦斧を両手で持ち、後ろへ引く構えをとる。


「『アンタレス』」


「『終焉の前兆デス・ネル』」


 ステラも田中も思い切り家を蹴った。あっという間に両者は距離を詰め――

ステラは赤い光を放っている剣を田中に向かって勢いよく突き、田中はステラの剣が攻撃範囲に入る寸前に、凄まじい速度で戦斧を右斜め上から左斜め下に振り下ろした。


 ステラの剣と田中の戦斧が接触した瞬間――眩い光とドォン! という轟音と共に、ステラと田中は弾き飛ばされた。


 それでもステラは体勢を崩しておらず、即座に体勢を崩していた田中へ向かって追撃を仕掛けた。しかし、あと一歩のところで防がれてしまう。


「小娘……いや、ステラ。お前も天恵を授かっていたのか!」


「……しぶといですね」


 田中の発言をスルーし、三連撃を放つステラ。田中は、その巨体からは想像がつかない身のこなしで連撃を全て避けた。


「楽しくなってきたな。仕事なんて忘れてもっと楽しみてぇ! ……いや、もう仕事なんてどうでもいい。今はただ……ステラ、お前との死合しあいを楽しむだけだ」


「では、その楽しい時間をそろそろ終わらせてしまいましょう」


 ステラが目にも留まらぬ速度で田中に斬りかかる。それでも、防がれて有効打とはならない。だが、ステラにはまだ余裕があるように感じられた。一方で、田中はこの状況を楽しんでいるものの、余裕がなさそうである。どこか焦っているようにも見えた。


 それをステラは好機と見たのか、高く跳躍してあの技名を高らかに告げた。


「『メテオバニッシュ』」


 白銀色の眩い光を纏った剣が、田中に向かって凄まじい速度で振り下ろされる。田中は防御の姿勢をとるが、僕とソルデウスがステラと模擬戦をした時よりも速度が数倍速く、あの戦斧では耐えられずに破壊されてしまいそうだ。


 ズドォン! とけたたましい轟音が辺りに響き、砂埃が舞う。


 その砂埃が晴れた先には、立ったステラと田中の死体がある、という光景はなかった。なんと――漆のような艶のある美しい黒髪を靡かせた、ゴスロリを着ている少女が田中を踏みつけ、ステラの『メテオバニッシュ』を片手であっさりと止めている光景が映し出されていたのだ……

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