第16話 端からなかった
前方から飛んできたた例の物が僕の左脇腹を掠めたと思ったら、背後からも例の物が飛んできて右肩を掠めた。
……まただ。前方からも後方からも、挙げ句の果てには上方など、四方八方から例の物が飛んでくる。それも、僕たちの
そんな状況なので、手も足も出ない僕たちは、お互いの背を合わせて全方位に対応しようと足掻くことしかできなかった。情けないが、もうステラを頼るしかない。現状は追い詰められているのだが、ステラがいれば勝てる、という謎の信頼が僕たちにはあったのだ。後は、シェンシアがステラを連れてくるまで、僕たちが耐えればいいだけ。
「一体どこにいんだよっ! 姿が見えればこっちのもんだってのに……」
姿を見せず、どこからともなく刃(?)を飛ばしてくる敵に、ゼルシスは青筋を立てていた。敵の卑怯と言える戦法に苛立っているのかもしれない。正々堂々と戦うのが好きなゼルシスにとっては、苦痛でしかないだろう。俺にはゼルシスの気持ちも敵の気持ちも理解できる。正々堂々と戦いたい時もあるが、どんな手段でも勝たなければならない時があるのだ。
一方的に攻撃を浴びせられ始めてから何分経っただろうか? 肉体に傷は大して負っていないが、精神的には疲弊している。敵は僕たちを一方的に殺すことができるはずだというのに、そうしないことで煽っているという考えが、一瞬脳裏を過ぎった。
謎の緊張で身体は強張り、喉が妙に乾いたように感じる。そして、打開策を探そうとする意思が今にも飛ばされそう。それは僕だけなのか、ソルデウスとゼルシスも同じなのだろうか。各々が声を発しないため、そんなことすらも分からない。声も満足に出せないので、意思疎通もできないのだ。
そんな時、四方八方からコンマ2、3秒ほどの間隔で飛んできていた例の物が、唐突に1秒ほどの間隔で飛んでくるようになった。しかし、四分の一ほど減ったのにも関わらず、量は大して変わらないように感じる。全て捌ききれていないということは同じなのに。
……やはり、心身共に疲弊してきたのだろうか。なら、ソルデウスたちはどうなのだろう?
ソルデウスたちの様子を横目で見ようとしたら、幾分も飛ぶ速度が遅くなった例の物が僕の眼球付近に迫ってきた。
「ッ!」
咄嗟に手で払ったので眼球は無事だったが、掌にザックリと例の物が刺さってしまった。掌が熱い。痛みはなかった。ただただ熱い。
そして、刺さったはずの例の物は、やはり消えていた。それがさも当然だというように。
――眩暈がすると同時に掌から真紅の液体が吹き出し、地面と額が重なり合ったのは、掌に刺さった例の物を見ようとした時から数瞬後だった。
額に強い衝撃を受けたのにも関わらず、痛みはなかった。掌を刺されたときと同じように、額が熱いだけ。
「かふっ」
近くからそんな音が聞こえてきた。重たくなった首を必死に動かし、音がした方向を見ると……ソルデウスとゼルシスが口から血を流し、地に伏していた。そして、いつの間にか攻撃が止んでいる。
このままだと危険だ。なぜか攻撃が止んだが、敵がとどめを刺しにくるかもしれない。また、毒を注入されたのなら、最悪の場合はこのまま死ぬだろう。
とはいっても、まだ死の足音は迫ってきていない。しかし、結局は危険なことには変わりない。だが、僕は不思議と冷静だった。現状を整理することができるくらいには。
僕の掌に例の物が刺さったと思ったら、僕たちは倒れており、攻撃が止んだ。これが現状である。……整理しても何も見えてこない。敵の姿も目的も、僕たちが倒れた原因も。
……ん? いつの間にか攻撃が止んでいる……? まさか――
「ソルデウス、ゼルシス……大変、だ。僕たちとの交戦は、時間稼ぎで、敵の本命は、ステラたち……かも、しれない」
枯れた喉を酷使して何とか声を出す。
「敵の狙いが、僕の読み通り……だと、ステラは、ルシールとジルベールを、庇いながら、戦わないと、いけない。そして……シェンシアも、危ない」
今ではこれを伝えるのが精一杯。なぜか枯れている喉を恨めしく思う。
「なん、だって……」
いつも元気なゼルシスさえ、この様子。非常にまずい状況だ。……冷静でいるのに、打開策が微塵も思い浮かばない僕自身が腹立たしい。これでは、何の役にも立てないではないか。
「思ったよりも情けねぇな。こんな雑魚のために俺らが派遣されたなんて、マジでムカつくぜ。今すぐテメェらをぶっ殺したいところだが……生憎と俺らには仕事があるんでな。数発殴ってぶっ飛ばすだけにしてやろうじゃねぇか」
突然、背後から低い声が聞こえた。先ほどよりも幾分か動かしやすくなった身体を動かし、やっとの思いで僕は振り返る。その光景は――
「打開策……なんて、
ソルデウスがそう呟いても仕方ないものだった。
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