第11話 僅かな気配
謎のことは置いておくとして、今はゼルシスとシェンシアの対応をしなければな。親しい……かもしれない関係だが、流石に来客を放っておいて考えに没頭するのは失礼に値する。
……ソルデウスも皿洗いが終わっている頃だと思うし、ソルデウスを呼ぶか。友人同士なら積もる話があるだろう。
僕一人で対応するより、ソルデウスに対応してもらう方が僕にとっても二人にとってもいいはずだ。決して、一人で対応することが面倒くさいということではない。
「ソルデウスを呼んでくるから少し待っててくれ」
二人にそう言ってその場を離れる。適切な行動ではないのかもしれないが、如何せん
「シェンシアはここに来たの久しぶりだっけ」
「そうね。2年ぶり……だったかしら」
後方からそんな声が聞こえてくる。楽しそうに話している二人はまさに親友、といった感じがした。
「ソルデウス、皿洗いは終わったか?」
「終わったぞ。……って、どうしてそんなこと聞きにきたんだよ」
「ソルデウスにはソルデウスとシェンシアの対応をしてほしいからだ。友人となら積もる話もあるだろう?」
……まあ、それは単なる
「そういうことなら、せっかくだしステラも呼んで5人でなんかしよう」
「5人? ソルデウス、ステラ、ゼルシス、シェンシアの4人の間違いじゃないか?」
「何言ってんだ。レイもいるだろ」
僕も入れて5人……? 僕がいたら邪魔になるだけだと思う。まあ、シェンシアが「遊びに来たわけじゃない」というような発言をしていたし、いても邪魔にはならない……かもしれない。
結局、僕もゼルシスとシェンシアの対応をすることになった。
***
ソルデウスが自室で勉強していたステラを連れてやってきたところで、話し合いが始まった。どうやら遊びにきたわけではなく、話し合いをしにきたようだ。まあ、ゼルシスは遊びたそうにしているけどな。
リビングの机を挟んで向かい合う僕たち。……これから何の話をするのだろう? この
「もうあと一ヶ月ほどで入学試験が始まる……つまり、任務が本格的に進み始めるということよ」
シェンシアがそう切り出した。
「今回私たちがここに来たのは、その任務のことについて話し合うため、というのが大きな理由ね。まあ、別の理由もあるのだけれど」
そういうことか。確かにあと一ヶ月ほどで入学試験も始まり、任務も本格的に進んでいく。ところが、任務については詳細も知らされず、ただ『深淵の魔女』とやらを始末する、という話だけしかしていない。
「任務遂行班である俺たちを集めて、話し合いたいということなのか。でも、俺は任務について叔父さんから詳しく伝えられてないし、レイも同じだぞ」
「私も任務について特に有益な情報は持っていません」
結局、集まっても情報がないので、任務について話し合うことができない。精々できることは……僕たちが交流して仲を深め、連携力を高めることくらいなものだろう。それは、もはや話し合いではないけどな。
「俺も詳しく知らされてないぜ!」
「ゼルシス、それは胸を張って言うことじゃないわ。少し落ち着きなさい」
……僕が言うことは何もないな。今回は聞くことに専念するか。余計な口出しをしても得になるとは思えないし。
「みんなは情報を持っていないようだけど、私は詳細を聞かされているから比較的詳しく知っているわ。私はこの班の頭脳担当、参謀のようなものだから」
「え……シェンシア、いつの間に知らされてたんだ? 俺は基本的にシェンシアの近くにいたけど、知らないぞ」
「ゼルシスは就寝するのが早いでしょ。だから、寝ている間にティグリスさんあら聞かされてもらっただけだわ」
本当に、ティグリスはどこにでも出没するな。隣村がどれくらい離れているのか知らないが、ティグリスは相当な移動速度を有していそうだ。
「……少し席を立っていい? お花摘みに行きたいの」
「いいですよ。私たちは少し親睦を深めながら待っていますね」
シェンシアが席を立った。少し急というか、唐突な感じがしたが、我慢でもしていたのだろうか? おかしいところや不審なところはないが、なぜか漠然とした少しの違和感がある。
こういうときの勘は馬鹿にしない方がいいと知っているが、今回ばかりは気のせいと思う方が良さそうだな。
思考を切り替え、再び思考の海から現実へと戻る。だが、漠然とした少しの違和感は心の中で燻り続けていた。……本当に、変だ。おかしいことしかない気がする。そもそも僕がここにいること自体が、おかしくて異常なんだよな……。
そんな思考の沼にはまってしまい、3人が何かを話していることも気にせず、ただただ、深く深く海に潜っていく。それでも、その奥に眠る怪物とは会うことができないのだろう。
「――――! ――――!」
どこからか声が聞こえるが、はっきりと聞き取ることができず、僕が海から浮き上がることもなかった。
***
(みんなに嘘を
シェンシアは、「花を摘む」というのを口実に家を出た。
あの時に感じた僅かな気配。気づいてからはそんなに時間が経っていないし、気配も未だに感じる。急げば正体を掴めるかもしれない。そう考え、急ぎ足でその気配を感じた方向に向かっていく。
シェンシアはあの家のすぐ近くの森の中に入り、奥へと進む。少し経つと、開けた場所が見えた。
今日が晴れている日なら、漏れ日が辺りを照らしている美しい場所なのだろうが、生憎と曇り。そんな天気が、シェンシアの心すらも暗くしていた。
そして、その開けた場所に小さな人影が一つあったという事実が、シェンシアの心を不安という色に染めていく。その人影の正体によっては、シェンシアに危機が訪れてしまう。そんなことを理解していながらも、正体を確かめるために一歩ずつ前へ足を踏み出していく。そもそも、追いかけた時点で覚悟は決めていたのだ。……それがどこから湧いてきたものなのか、なぜこんな思い切った行動を一人でしたのかもわからない。己の勘に従ったと思うしかない。
音を立てず、静かに前へ進む。まだ昼前で大雨も降っているわけでもない。なのに、その場所だけは夜のように暗く見えた。これが錯覚なのかも、シェンシアにわかるわけがない。
人影に大分近づき、相手が振り向けば顔も見える――という状況。そんな時、人影がくるりとこちらを見てきた。
「ッ――!」
終わった。不覚にもそう思ってしまった。振り向いた人影の、紅い右眼と青みの灰色の左眼を、見てしまった――つまり、目が合ってしまったから。そして、目が合っただけで恐怖心を抱いてしまったことも、そう思った一因だろう。
シェンシアは、何その紅い右眼と青みの灰色の左眼が怪しげな光を放っていることが、何よりも恐ろしく感じた。
「やっぱり、来ると思ったよ」
人影から発せられた声は想像以上に幼いものだったが――人のものとは思えないほど、冷たかった。
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