第9話 凍月の到来

 ――ゼルシスがやって来てから数日経ち、やっとティグリス一行が戻ってきた。それと同時に、監視役であるはずのゼルシスは去っていく。


「またな! 今度はシェンシアも連れてくっからみんなで色々しようぜ!」


「ああ、また会おう」


 今度いつ会うか不透明だが、会えないというわけではないだろう。何せ、隣村にゼルシスの家があるらしいからな。………その隣村がどこにあるのかは知らん。とにかく、僕からは会いに行くことができないが、ゼルシスはまたやって来ると思う。


「彼とは仲良くなれたかい?」


 彼、というのは十中八九でゼルシスのことだろう。


「はい、おそらくですが」


 ゼルシスと仲良くなれたか、と聞かれたら「はい」と言えるくらいには親しくなった――はずだ。親しくなる、という定義は分からないので、何とも言えないところだが。


 あの世界では友人と呼べる存在が何一ついなかった僕からしたら、ゼルシスと僕の関係は名状しがたいもの。友人という定義が曖昧模糊あいまいもことしているため、そういったことになるのは必然だと思う。



 ……そういえば、ティグリスたちはどこに、何をしに行ったのだろうか。数日間も家を空けるのだから、何か重要なことがあったのか?


 ゼルシスとの関係は何なのか、ティグリスたちがどこに何をしに行ったのか。そんな疑問が晴れずに靄として心に残ったまま、僕は特に変わらぬ日々を過ごしていった。


   ***


 それから月日は経ち、凍月いてづきがやってきた。もう試験まで2ヶ月もない。これから更に忙しくなりそうだ。


 勉強部屋へ向かっている最中にそんなことを考える。あの世界にいた頃では考えられない程、今は忙しい。だが、充実した日々を送れているような気がした。


「今日の学習する学科は何だろうな」


 僕は勉強が好き。そして、学科では数学が最も得意。これは、あの世界にいた頃からではあるが、この世界の数学はあの世界とほとんど変わらないようなものだったので、数学は少し学習しただけでできるようになった。


 それはさておき、最近の流れだと今日の学習する学科は文系科目なはず。僕はどちらかというと理系だが、文系科目も好きなので苦ではない。


 ティグリスが口を開くまで、文系科目を学習する、そう思っていた。だが、その予想は外れた。


「今日から凍月だし、魔法系の科目の学習をしようか」


「魔法系の科目……?」


 魔法、そんなことが当然のように存在するこの世界は、あの世界と大きく異なることが改めてわかる。……理解させられる。


「なあ、ソルデウス。魔法系の科目を学習したことはあるのか?」


「いや、ない。俺も今日が初めてだ」


 ソルデウスも初めてということなので、どんな学習になるのか想像がつかない。


「まずは基礎知識からやるよ。試験に魔法系の科目は少しの割合でしか出てこないから、さらっと終わらせるね」


 あの世界に魔法なんてものはなかったから、困ったことにならないか少し心配だったが、杞憂だったようだ。試験に少ししか出ないのなら、魔法のことをよく知らない僕でも何とかなるはず。


「魔法には火・水・風・土の基本属性に、闇・光の希少属性、そして雷・聖・邪・時・空間などの特殊属性があり……」


 基本属性と希少属性とやらになぜか聞き覚えがある。その言葉自体ではなく、火や水などに。


 ……そうだ、曜日と同じなんだ。火の日・水の日・風の日・土の日・闇の日・光の日と、基本属性と希少属性に一致している。おそらく、属性から曜日が考えられたのだろう。



 そのような新しい気づきを得て、少し満足した気持ちで学習を進めた。本当に魔法系の科目で学習する内容は少なく、僕でも覚えられた。何せ、属性のこととか魔力のこととかだけだからな。

 


 それからはいつも通り、昼食をとってから稽古をする。……こうして、凍月の初日は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る