第4話 雨夜の星は恐ろしい

 嘘、だろ……?


 僕は自分の木剣が粉砕されている光景を見て、絶句した。耐久性があり、破損しにくいとティグリスに言われていた木剣が粉砕されたのだ。また、ステラの木剣は折れていないということから、技術の差も痛感させられる。


 ……その次の瞬間、衝突の影響で発生した衝撃により、僕たちは吹き飛ばされた。ステラが華麗に着地している様子が見えたが、僕とソルデウスは地を転がってしまう。


 ステラから数十mほど離れただろうか。それくらいの地点で僕とソルデウスは起き上がり、体勢を整える。当然、今ので身体からだはボロボロ。中々痛む。


 ……さて、どうするか。僕の木剣は粉砕され、使いものにならなくなった。もう道具はないので、素手で戦うしかない。だが、そんなことをすれば瞬殺される。ソルデウスなら木剣を持っているので戦えるだろうが、一対一だと負けるのは火を見るより明らかだ。


 一応ティグリスに徒手空拳で戦うすべを教えてもらっているが、それでは焼け石に水ということなど一目瞭然。


 現在の状況は、リバーシでいう四隅を全てを取られた上、自身が打てる手がほとんどないようなもの。つまり、ほぼ詰みである。


 それでも諦めたくはない。……なぜこんなにも自分が熱くなっているのか不思議だ。やまり本能なのだろうか。自然と燃え上がってきているのがわかる。


 こんな状況だからこそ味わえる。この臨場感や緊張感。あの世界では感じることがなかったもの。それが久々に味わえるのだ。だから、俺が熱くなっても不思議ではないだろう。


 本当に、久々なのだ。俺がこうやって強者と一戦を交えるのは。己が圧倒的弱者というのは不満ではあるが。



 ……吹き飛ばされてから数十秒経った頃、僕とソルデウスはまだその場に留まっていた。


「はぁっ、はぁっ……」


 荒い息づかいが聞こえる。これは僕から発せられたのだろうか。それともソルデウスなのか。はたまた両方なのか。……そんなことはどうでもいい。今着目すべきなのは、ステラが動かず、まるで僕たちを待っているかのように振る舞っていることだ。


 やはり、ステラは本気を出していないのだろう。恐らく、ステラが本気を出していたら、僕たちは下手すると10秒も経たぬ間にやられてしまうのかもしれない。


 だが、それを恥じることはない。僕は同年代の女子に二人掛かりで挑んで惨敗することが恥ずかしいとは思わない。別に、男子に負けても女子に負けても同じことだ。負けるのは悔しいが、恥じることではないと思う。圧倒的な実力差があるのなら、二人で挑んでも卑怯とは思わない。


  まあ、流石に外聞が悪いとは思うし、推奨できることではないというか、あまり正当ではないことだとは思っている。


 ……僕もソルデウスもそれを既にやって、叩きのめされているわけなんだがな。それはさておき、僕が言いたいのは――そういうことをやっているのなら、卑怯だと思われるようなことをしても、対して変わらないだろうということ。


 それでも負ける可能性が非常に高いというか、確実だが、僕たちができることを精一杯やって、それを見せたい。というより、試したい。僕たちがどこまでできるのか。


 この逆境で、どこまで抗えるのか。どこまで諦めず、戦えるのか。それを知りたい。……幸い、今は休憩時間のようなものだ。今のうちにソルデウスと作戦の擦り合わせを行なっておこう。後味が悪くならないように、やれることはやっておかないとな。



「行くぞ、レイ」


「ああ」


 作戦の擦り合わせが終わった。それまで、ステラは動かずに待っていたのだが、それで舐められている……という考えはもたない。中にはもつ人もいるだろうが。、これは訓練、指導の一環。学ばせようとしているのだろう。


 立てた作戦が通じる可能性は低いが、これをすることで自分に何ができるのかわかる……かもしれない。また、ステラの弱点が見つかる可能性もある。まあ、僕が考えた作戦はソルデウスに却下されたので、この作戦は卑怯までいかないようなものだがな。


 僕たちは動かないステラに向かって駆けた。そして、ステラとの距離があと10mほどの地点に着くと、足を止める。よし、作戦決行だ。


「ソルデウス、頼んだ」


「……」


 僕の一言に対して、何も言わないソルデウス。だが、それでいい。僕はソルデウスを背負い、再び駆け出す。


 これが、僕たちの作戦だ。僕は木剣を失ったし、僕一人でやっても、簡単にいなされて終わりだからこうする方がいい。……もう作戦とは言えなくなってしまったが。


「《加速ヘイスト》!」


 そのまま、《加速ヘイスト》を使い、ステラの正面に――着かなかった。なんと、冷静に木剣を水平に構えたステラと木剣を縦にして握ったソルデウスが衝突したのだ。……そうは言っても、木剣の部分だけどな。


 問題なのは、《加速ヘイスト》の速度に対応されたことと、勢いを利用した強力な一撃が、受け止められてしまったことだ。


「これで、終わりです」


 ステラがソルデウスの木剣を弾き、ソルデウスを背負った僕ごと、剣で薙いだ。――そこで、意識が反転した。


   ***


「あと何回か試合をする予定でしたが、あと1回だけにしておきましょう」


 意識を失った二人の前で、ステラはそう呟く。


「それにしても…… 《加速ヘイスト》、でしたか。あれは天恵を授からないと使えないものなはずです。なのに、なぜレイさんが使えたのでしょう?」


 本来なら使えるはずがない《加速ヘイスト》を使ったレイに対し、不審に思うステラ。


「それに…… 《加速ヘイスト》を使えるのは、吸血鬼ヴァンパイアだけだった気がします。ですが、吸血鬼ヴァンパイアは既に滅びた種族でしたが……謎は深まるばかりですね。流石にここまでしか私にはわからないようです」


 ステラはそこでレイについて考えるのをやめ、別のことを考えた。


「さて、二人が目を覚ましたあとは少し休憩をとらせ、その後にまた試合を行いましょう。……強制的に起こさせますか」


 ステラは、二人の意識を強制的に戻す。



 それから、二人には安息が訪れたが、その先には地獄が待っていた。その地獄の時間2回目の試合を終えた頃には、二人とも限界を迎え、夕食をとる前に自室の寝台で死んだように眠った。


 その翌日には二人とも訓練ができる状態ではなかったので、一日を勉強漬けで過ごすことになり、ソルデウスは真っ白に。天気は晴れだったので、レイにとっては変わらぬ一日となった。

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