第3話 メテオバニッシュ

 石が地面に接触したと認識した時には、ステラがソルデウスに接近して木剣を振り下ろしていた。……距離は10m以上離れていたのに。


「――ッ!」


 若干慌てつつ、振り下ろされた木剣を受け止めるソルデウス。


 その次の瞬間に、ステラが後方へ下がる。速すぎて目視できず、僕は木剣を構えて備えることしかできなかった。


 だが、ステラが後方へ下がったことで、攻めに転じれる可能性が出てきた。そのために、一刻も早く仕掛けなければならない。


 僕とソルデウスは視線を交わし、同時にステラへと駆けていく。ソルデウスは右手で握った木剣を左から右に水平に薙いだが、それをステラに防御される。そこで、僕がステラの側面に回って袈裟斬りを仕掛けた。


 しかし、ステラはその華奢な身体からだからは想像がつかないほどの膂力りょりょくでソルデウスを吹き飛ばし、身体を捻って僕の攻撃を受け止めた。


「くっ……」


 そして、ステラが僕の木剣を弾き飛ばし、一文字斬りを放つ。このままだと攻撃をまともに受ける。そう思った僕はバックステップで後方に下がり、攻撃を躱そうとした。


 だが、ステラが放った一文字斬りを完全に躱わすことはできず、受けてしまう。その衝撃によって地を転がっていく僕。……少なくないダメージを負ってしまった。身体が痛んでる。


 僕が体勢を立て直したその時、ステラの背後からソルデウスが真向斬りを仕掛けた。僕と剣を交えている隙を突いた奇襲である。


 ……さも当然のようにその奇襲に対応するステラ。受けるのではなく、ソルデウスの木剣を弾いて隙を生ませた。その隙を突くのが狙いのよう。


 このままだとまずい。そう思った時には、僕は駆け出していた。ステラに接近し、連撃を仕掛ける……も、回転斬りでソルデウスと共にいとも簡単に弾かれてしまった。


 一方的な試合。ステラ自身から攻撃を積極的に仕掛けていないにも関わらず、これほどの差がある。


 それでも諦めない。僕とソルデウスは同時に駆け出し、挟み撃ちという形でステラを攻める。――と、今までとは違う動きを見せた。僕たちの攻撃を防ごうとせず、躱したのだ。


「……!」


 防ぐほどでもない。そんなことを暗に伝えているかのような動き。圧倒的強者としての余裕を感じる。


 ……そう、まるで年老いた二人の農民が猟銃ではなく、備中鍬びっちゅうくわ(刃先が枝状に3、4本分かれている鍬。フォークに似ている形状)だけでヒグマに挑んでいるかのよう。



 それからも連撃を放ったり波状攻撃などをしたが、全て躱された。僕と比べて出せるスピードが段違いだ。こちらが放った攻撃は全て躱される。……ん? スピード? 何か忘れているような……。


 っと。危ない。もう少しで胴に向けて放たれた一文字斬りをまともに受けるところだった。寸前でバックステップで躱せたのは運がいいと言うべきか。


 戦闘中に考え事はやめておこう。格上相手にそんなことをしていたら、一瞬で意識が狩られる。



 その後も、攻撃を仕掛け続けた。何分経っただろう? もしかしたら何十分も経っているかもしれない。


 休憩もなしに激しい運動を続けていたら、疲労が蓄積してくる。ティグリスとの模擬戦はこれぼ長く続くことはなかったので、貴重な経験ではあるが……身体が悲鳴を上げてきている。


 そろそろ決めないといけない。そうしなければ、体力が尽きて呆気なく崩れ去ってしまう。……まあ、それは僕だけの話で、ソルデウスはまだまだ動けるようだが。


 ソルデウスとステラは激しい攻防わ繰り広げていた。ソルデウスが攻めに回っているが、時折反撃カウンターを受けていて、段々とボロボロになっていっているのがわかる。


 ……ソルデウスに一旦体勢を立て直してもらわないと。そう考えた僕は、ステラの背後に回って渾身の片手突きを放った。当然、躱されてしまったが。


 まあ、その一瞬でソルデウスが離脱できたから良しとしよう。ステラはわざと追撃を仕掛けなかったから離脱できたということなんだけどな。


 ……まずい。ソルデウスが離脱したから僕一人で応戦しなければならないじゃないか。


「くっ……」


 一文字斬り、袈裟斬り、真向斬り、連続斬り、突き……など、僕が出せる技を使って攻撃し、時には防御する。たまに反撃カウンターが飛んでくるので、警戒しなければならないのが、攻撃の手を緩めてしまっている。


 攻撃の手が一層緩んだ瞬間を、ステラが見逃すはずがなかった。木剣を握ったまま前方宙返りを……つまり縦の回転斬りをしてきた。


「ぐはっ……」


 速度がかなり出ていたため、躱わすことができないと判断した僕は、剣を横に寝かして受け流そうとしたが、威力が高すぎて吹き飛ばされてしまった。


 地面をゴロゴロと転がっていく。ようやく止まった時には、ステラとの距離が20m以上も離れていた。今はソルデウスと再び激しい攻防を繰り広げている。


 すると、突然ステラが後ろに大きく飛び下がった。その様子に戸惑うソルデウス。僕も、ステラがなぜそんな行動をとったのかわからない。


「ねえ、ソル。天恵を授かっていなくても強力な技を出せるって知っていますか?」


「当然、知っているぞ……って、まさか!」


「そう、そのまさかです」


 話声が聞こえたが、僕には内容が理解できなかった。……身体が痛むが、話しているうちにステラの背後へと忍び寄る。


 一方、ソルデウスは全速力でステラに向かって駆けていく。だが、間に合わない。


「『メテオバニッシュ』」


 僕がステラに仕掛けようとした瞬間、ステラは高く跳躍し、白銀色に輝く木剣・・・・・・・・を握ってソルデウスに突っ込んでいく。それも、凄まじい速度で。


 ――間に合わない。僕が全速力で駆け、ソルデウスを突き飛ばすには時間が足りない。それが意味することはすなわち……「詰み」の一言。


 何か策はないのか? 考えろ、考えろ……。時の流れが、とても遅くなったように感じる。死の間際でもないのに。


 ――ふと、前にも似たようなことが起きたようた記憶が浮かんできた。あの、熊との邂逅。……そうだ、僕にはアレがある!


「《加速ヘイスト》!」


 風が吹いて小さな青白い光が発生し、瞬く間にソルデウスの目の前に到着する。そして、その勢いを殺さずにステラの攻撃を迎え撃つ。


「ハァッ!」


 僕の《加速ヘイスト》の勢いを乗せた会心の一撃十文字斬りと、ステラの落下時の勢いを乗せた眩い光の一撃メテオバニッシュが衝突した。


 ミシ、ミシ、ミシィ……バキッ!


 ――その瞬間、辺りがまばゆい光に呑まれる。僕が辛うじて見えたのは……僕の木剣が、ステラの一撃によって粉砕された光景だった。

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