エピローグ 僕は強くない

「ほとんどの者が敵わない強い人がいたとして、その人が……例えば、攫われた大貴族の令嬢を一人で救出するとか、そんな感じで何かを成し遂げられたとき、大抵の人々は『流石だ』とか『あの人なら当然だよね』と言うんだ」


「それがどうしたんだ? 叔父さん」


 レイは既に就寝し、アル村長は仕事でいない夜中。ティグリスとソルデウスは蝋燭一本の灯りしかない薄暗い部屋にいた。


「だけど、その何か……攫われた大貴族の令嬢を救出できなかった、みたいに何か成し遂げることができなかったとき、人々は『失望した』とか『あの人ならできると思ってたのに、できなかったなんて……ガッカリだ』というようなことを言う。いや、もっと酷い言葉を浴びせることもザラにあるんだ。……それはさておき、何かを成し遂げられなかった彼は本当に『強い人』と言えると思う?」


 意図が全く見えないその質問に、ソルデウスは内心で首を傾げつつも、自身の解答を導き出した。


「俺は言えると思う。何せ、ほとんどの者が敵わない『強い人』なんだろう?」


 初めに『強い人』と言っているのにその人が強いと思うか訊いてくるなんて変だな、と思ったが気に留めずに回答する。


「そっか。でも、僕はそうは思わない。結局は何かを成し遂げられなかったんだから。『強さ』というものがあったのにも関わらず達成することができなかったその人は、『強い人』とは呼べない。……呼びたくもない」


 最後の部分は声が小さすぎて聞き取ることができなかった。なんて言ったんだろう? と思ったが、それは訊かずに別の思ったことを尋ねる。


「……なあ、例が強さとはあんまり関係ないと思うんだが」


 これはさっきから考えていたこと。いくら『強さ』というものがあっても、攫われた令嬢を一人で救出するのは困難だと思ったのだ。


「ああ……例が適切じゃなかったね。例を、『Sランクの魔物を倒せなかった』に変えた方がわかりやすいと思うよ」


(……それならなぜ令嬢の例を出したんだ?)


 謎は深まるばかり。意図も全く掴めない。そもそもこの話を始めた理由も不明だ。


「僕はね、ソルデウスに正しい道を歩んでほしいんだよ」


「……正しい道?」


 急な話題変換に戸惑いつつも咄嗟に聞き返す。


「道はね、一本から始まるけど、進むと段々分かれていく。どこの道を歩むかは君次第。だけど、道を踏み外してほしくない。そして、長い道を歩んだ先にある景色を見てほしいんだ。僕の願いは、今となってはそれだけだよ」


 一見すると難しい話をしているかもしれないが、よく聴くと単純なこと。自分が思う正しい道を歩み、その先にある景色を見てほしいという願いなだけ。


「この先、君には幾つもの壁が立ちはだかる。それを迷うことなく破れば、歩みは止まることもないし、踏み外すこともないと思う。誰と相対あいたいしても、迷わず突き進んでほしい」


 そう語ったティグリスの目は、どこか遠いところを見ているようだった。



   ◇



 現在から1、2日ほど前のことだろうか。森の奥から氷が見えたり火の手が上がっていたりしたのは。




 ティグリスはその光景を見ていながらも、何か行動を起こすことはなかった。何が起こっているかも確認しようとしなかった。


 ……それはさておき、その夜が明けてから、ティグリスは自身の脳内に何か霧のようなものがあるような感覚を覚えたのだ。しかし、その感覚に違和感を抱きつつも、探ろうとはせずに一日を過ごした。


 そして翌日、脳内にある霧のようなものが段々と薄れてきて、夕陽が沈むあたりに……一部の霧が晴れた。


 そのせいか、思い出したくもない凄惨な記憶が鮮明によみがえってきて、混乱する事態に。一旦落ち着くために自室で目を瞑るものの、アル村長の報告がとどめを刺した。


 ――魔物から砦を守ることができたものの、被害は甚大。多くの人が亡くなった。


 この報告を聞いたとき、居ても立っても居られなくなり、気づいたら家の外に出ていた。


 ――大勢の人が立ち向かっているのに、自分は何もしなくても良いのだろうか?


 そんな疑問が頭の中を回り、それ以外に考えることはできなくなってしまった。そして、心臓も締め付けられるように痛い。


 流石に突然外に出たティグリスを不審に思ったのか、アル村長が駆けつけてきたのが事態の収束である。


 突然、忘れていた――否、忘れさせられていた記憶を思い出した理由はわからない。脳内にあった霧のことも。



「……やっぱり、喰われちゃったのかなぁ……」


 アル村長が去ってから、ティグリスは帰路につく。この時には心も整理できており、この一件の真相にも近づいていた。



   ◇



 ソルデウスとティグリスの会話はあれからも続き、終わったのは日付が変わる寸前くらいの時間。


「元から要観察対象だったけど、これからは警戒度を引き上げて様子を見ようかな……」


 自室に戻ったティグリスは、脳裏に皓月の如く輝いている少年を浮かべていた。


「この国の言語は話せるのに文字の読み書きはできない……いや、今はできるようになったか。……それはさておき、記憶喪失というのも怪しい。服装もここらでは見ない変わったものだし、服の背にあった傷のような痕……これは疑わざるを得ないよね」


 ふぅ……と息を吐き、目をゆっくりと瞑る。


「継ぎ接ぎがあるかのような不自然さに、常識が一部欠陥していて、身体能力は高い。これらに関連性はないけど、何か共通点があるような気がしてならないな……」


 気がするだけであって、やはり考えても答えは見えてこない。


「あの話に出てきた人物と名前や容姿の一致。これが意味することは、日光を浴びることはできない可能性は高いということでもある。この旨の発言をしてきたら警戒度をこれ以上に上げないと」


 そう呟きつつ、寝台に横たわっていく。


(まあ、正体ははっきり言うとどうでもいい。大切なのは、使えるか否かって点だしね……)


 それから少しすると、ティグリスの意識は沈んでいった。



   ***



 ――強くても、何かを成し遂げることができなければ『強い』とは言えない。なら、成し遂げられる人には『真の強さ』があると言えるのだろうか――




――――――――――――――――――


 第二章は今話で終了です! ……と言いつつも、閑話が二話と、登場人物紹介が残っていますが……実質終わっていると言えるでしょう!


 さて、ここで第三章の予告をしたいと思います。 第三章のタイトルは――

『善悪の彼岸』です。第一章と第二章はとても長いプロローグのようなものでしたが、第三章からは本格的にこの『世界』について触れる機会も多くなっていきます。また、第三章と第四章は繋がりが深く、一つの章と言っても過言ではないのですが……何と言っても、量が多いので分割する形になりました。


 今後とも、『吸血鬼の福音歌ヴァンパイア・ゴスペル』を楽しくご覧になって頂ければ幸いです!

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