第27話 ゼロの追憶Ⅱ

「このままだと器が……!」


 銀髪の少年――レイが真っ白い空間で虚空を睨み、叫ぶ。彼は一体何を見ているのか。


「アイツ……代償を知らないのか? あんなに禁術を使うなんてッ……」


 非常に整った顔を、歪ませて悲痛な声を漏らす。その姿は全く彼らしくない。


「おまけに俺の負の感情のほとんどを持っていきやがって……もう俺は俺という存在と異なった存在になってしまったじゃないか……」


 あんなにも憎かった奴への復讐のほむらは消えかかっている。これこそまさに風前の灯火だ。


「俺が傍観しているだけでは器も俺という存在もアイツごと消えるだろう。それを防ぐためには……『分離セパラティオ・エト・統合インテグラティオ』をするしかない」


 当然、リスクが無いわけではない。それでもやるしかなかった。


 ……相応の覚悟が彼にはある。彼が下した結論を、邪魔する者などいない……はずだった。


 突然、辺り一面が真っ白から真っ黒になり、ジジジ……というようなノイズが聞こえてくる。


『本当、ニ…… 『分離セパラティオ・エト・統合インテグラティオ』を、シテも、後悔ハ……シナイの、カ?』


 脳内に耳障りな低い声が響く。その声はまるでレイの決意を揺らすために語りかけているようだった。


「おい……やめろ! 来るな! 来るなぁっ!」


 心の底から叫ぶような、悲痛な声が空間に響き渡る。レイは地に膝をつき、呼吸を荒くして、目から一滴のしずくを溢した。


 そのときのレイの表情は、まるで追い詰められたかのように、絶望や哀しみなどの様々なが見え隠れしている。


 彼は謎の耳障りな声を聞いて何を思ったのか。それは、でも分からない。


   ***


 シルフィと一緒にいると、不意に心臓の鼓動が早まるようになったのは、いつからだっただろう。


 お互い、初めの印象は最悪なものだった。なんだって、出会いが最悪だったからな。仕方がないことだ。


 ……それはさておき、俺は彼女と一緒に過ごしてきて、気付かぬ間に惹かれていっていたのだろう。復讐のほむらがありながらも、誰かに惹かれることなどあってはならないことなのに。


 嗚呼ああ、戻りたい。あの時に。戻りたい。幸せだったあの頃に。戻りたい。……けど戻れない。既に俺は穢れてしまっているから。俺なんかが幸せを望むなんて、烏滸おこがましいことだから。


   ******************************


「喉が……乾いた……」


 俺は森の中を歩きながらそう呟く。最近は碌に水分や食事を摂取していない。現在いる場所と金が無いのが災いした。


 ザァー……


 唐突に何かの音が聞こえてきた。この音は……川の音か!


 そう認識した時には一目散に駆け出していた。


 そして、音の発生源に辿り着いたのだが――


 そこには、川ではなく美しい泉と、荘厳そうごんな滝があった。……問題なのはそれではない。俺は水が飲めれば良いだけだから。


 本当に問題だったのは――後ろを向いた一糸纏いっしまとわぬ女がいたことだ。


 しなやかに伸びる肢体に、ほっそりとしたスレンダーな体型。ちらっと見えるその体型の割には大きい胸が無意識に視線を寄せてくる。うなじを隠し、腰のあたりまで伸びている白銀しろがねの髪も相俟あいまって穢れのない女神のようだった。


 その女はくるりと振り返ると、身体からだを硬直させる。無理もない。おそらく、水浴びをしていたのだろうが、その姿を男に見られたのだから。


 女の海のように深いあおの瞳と俺の血のようなあかい瞳が交差する。


 それから数秒後、現実を理解した女は頬を紅潮させ、俺は慌ててそっぽを向いた。


 何で水を飲みにきただけなのにこんな事態に遭遇するんだよ!


 今はハルカがいなかったから良かったものの、いたら確実に静かにぶん殴られるところだった。……あれ? これは……ハルカじゃなくてこの女に殴られるのでは?


 なぜか背中があわ立ったので、後ろを向く。視線の先には、水の龍を放つ女の姿が――


 俺の意識は、ここで途絶えた。


   ******************************


 何で……こんな時に思い浮かぶんだ。最悪だけど、最高の出逢いを。


 シルフィは戻ってこないのに。何で、何でッ! ……これも絶対にアイツのせいだ。俺が苦しんでいる姿を見て喜んでいるんだろう? お前はそういう奴だもんな――死神さんよ?

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