第22話 視えたものは

「……もう、終わりね」


 氷の塔の頂上にある部屋(のようなもの)にいる少女はそう呟く。


 かつてこの裁き雷霆を受けて立っていた者はいなかった。……というより、受けた者が非常に少ない。これは少女のいくつもある切り札の内の一つで、切らせることは難しいからだ。


 現に、この切り札を切ってしまったわけだが、レイは地面に伏せて動かない。……いや、感電した影響でピクリとしている。それでも、意識を取り戻す気配はなかった。


 ……未だに、月白げっぱくの狐は氷の塔の周りを静かに回っているのが何とも言えない不吉さをかもし出している。この狐は一体何なのだろうか――。


   ***


 ここは……どこだ?


 この流れは既視感があるが、現在いる場所は全く見覚えがない。目覚めたら無彩色の木の下に立っていたのだ。


「色が……ない」


 辺りを見渡すが、霧が出ているので5mほど先しか見えない。だが、ここら辺にたくさん生えている花をはじめ、草も木も空なども無彩色。そして、僕自身すら無彩色になっていた。例えば、元々白い肌が更に白くなって純白とも言えるようになっていることや、空が灰色だったりすることだな。


 それに加えて土地勘もないし、霧のせいで視界が悪いので、どこに行くのか、どうすればよいのか見当もつかないという非常事態。


 ……とりあえず、前に進んでいくか。


 行動しないと何も始まらない。零は一になることは極めて難しいのだ。


   *


 それから少しの間歩き続けたが、相変わらず霧のせいで視界が悪い。また、足下あしもとにはたくさんの花が生えている。


「本当に前へ進んでいるのか?」


 歩みを止め、そう思ってしまうくらい何も変わっていない景色が広がっていた。果たして前に進むことで発生する利点はあるのだろうか。


 無かったとしても、引き返すこともままならないし、このまま前に進むしかできないのだがな。


 再び霧の中を歩き始める。昨日……かは分からないが、寝る前にいた村よりも大分だいぶ寒いのだが、本当にここはどこなのだろう?


 久しぶりに経験した寒さに少し震えながらも、地道に進んでいく。その時だった。


 ザッザッと僕の足下から草や花を踏んでいる音が聞こえる。それ以外の音は一切聞こえない。……なのに、前から突然灰色の髪の男が現れた。


 男は、身長が僕と僕の頭2つ分より少し低いくらいの高さで、10代後半ほどの若さ。そして何と言っても、色が失われているのに関わらず、誰もが見惚れてしまうような美しい容貌。


 その姿を見た瞬間、僕の身体からだは硬直し、石像のように動かなくなってしまう。


 すると、男は色彩を失ったのであろう漆黒の瞳をこちらに向けた。柔らかい顔だった。まさに、優男やさおとこという言葉に相応しい雰囲気を漂わせている。


 僕と目が合うと、男は口を動かす。僕には男が何かを伝えようとしているような感じがしたのだが、真実は分からない。


 それから少しすると、男は諦めたように背を向け、奥へとゆっくり進んでいく。その姿はまるで、「ついて来い」と言わんばかりの凛とした姿だった。


 男が進み始めると、身体の硬直が解かれた。なので、僕は男について行く。普段なら絶対にしないことだが、今はついて行かないといけない気がしたのだ。


   *


 前に、前に、進んでいく。それでも景色は変わらない。


 一体どれほど歩いただろうか。たった数百mかもしれないし、数十kmかもしれない。既に、僕の時間と距離の感覚はおかしくなっていた。


 漠然とした何かが僕を狂わせている。だが、僕の足は止まらない。……いや、


 一体何に縛られているのか、あの男は何者なのか、分からないことばかりだ。


 ……そもそも、僕はこの世界について何も知らない。何もかもが分からない。僕が生きている理由も、生き続ける理由も。存在意義や存在価値、そんなものは無い。理由もなくあの世地球に生まれた。そして、気づいたらこの世界にいた。


 ……そう言ったけれど、本当は分かっていたのかもしれない。僕がここにいる理由、生きている理由。男が何者なのかも。この世界のことも。ここは、この世界ではないということも。


 ここがどこなのかは直感が告げている。ただ、漠然としていて、分かっているのに分かっていない。頭の中にもやがかかっているようで、頭がうまく回らない。


 言えることは唯一ただひとつ。には、果たさなければならない使命と約束、そして誓いがある。それを果たすまでは絶対に死ねない。


 ……これだ! 何の価値も無い僕が生きる意味は。これらを果たすためだけに生きている。



 この時、男は何かを訴えるようにこちらを見つめながら歩いていた――



   ***



「私は、殿下のお陰様でこの世にいます。この矮小なる命をお救いなされたのは、間違いなく殿下です。ですから、私を道具のように使ってくださっても構いません。それは私にとって非常に光栄なことです。……私の光は、貴女あなただから」


 こんな時だからこそ、この言葉遣いでいい。初めの頃に、戻れた気がするから。だって、もう少しで貴女には会えなくなる。隠していた気持ちを表に出さないためにも、必要な措置だったんだよ。だから、そんな顔で見ないでくれ。


「私はどんなことがあろうとも貴方あなたを道具として見たりはしないわ。貴方にとっての光が私なら、私にとっての光は――貴方よ」


 貴女のそういうところは昔から……変わっていないな……。貴女と違って私は変われないから、余計に眩しく見えてしまう。そんな貴女には、私の暗い部分を見せたくない。知ってしまうと、貴女が消え去ってしまいそうで怖いから。これ以上、大切なものを失うわけにはいかないから――



   ***



 ……いつの間に目を閉じていたのだろう?


 意識が飛んでいたのか、そこら辺のことは覚えていない。残っているのは、何とも言えない虚しさだけ。




 さっきえたものは僕のものではない。……だとしたら、一体何だ?

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