真の強さを知る者達

第21話 下された裁き

 レイは森に向かって音を立てずに走る。とてつもない速さで。普段なら到底出すことができないであろう速度が出ているのだ。


「月の気配が近づいてくる……!」


 彼の双眸は森を見つめている。そこに彼が言う「月」があるのだろう。



 それから束の間のこと。レイは森に着くと、なぜか目を閉じ、手を両手に合わせた。


 数秒後、目をカッと開いて声を上げる。


「見つけたぞ……月よ! 貴様きさまを逃しはしない!」


 森の奥に猛スピードで駆けていく。その速さは目にも留まらないほどだった。


   ***


(私の方に何かが近づいているわね)


 追手から逃げていた銀髪の少女は何かが接近してくるのを感じ取っていた。


(とてつもない速さ……。追手では出せそうにないわ)


 これほどの速度を追手が出せるのなら、彼女はとっくに捕まっているだろう。


 一応逃げておこうかしら、と思ったので方向を変え、走る速度を上げる。


 すると、何かも彼女に合わせて方向を変えた。間違いなく彼女を追っているのだろう。


(まずい、このままじゃ……)


 追いつかれる、そう思った彼女はこの先にすぐ発生するであろう戦闘に備えた。


   ***


 レイは森の中を走っていく。途中で現れた動物や魔物ホーンラビットなどは邪魔なのですぐに殺した。


『レベルが上昇しました。詳細は神導書にて確認してください』


 感情のこもっていない無機質な声が脳内に響いたが、それを無視する。


 ……そして、遂に彼の視界は数十m先にいる銀髪の少女を捉えてしまった。


「先手は取らせてもらう」


 その一言を発した直後、彼は右手を少女に向かって突き出した。


「辺りに濡羽色ぬればいろの羽が舞う れを咥えて走り出すのは白い狐」


 少女はその詠唱が聞こえたのか、こちらを向いて何やら口を動かす。すると、レイのもとに向かって白銀しろがねの閃光が凄まじい速度で迫ってきた。


 それを見てレイは即座に詠唱をやめ、別のうたを唱える。


「ちっ、『喰らい尽くす蠅グーラ』!」


 レイの右手から漆黒のもやが現れた。それは網のようになって閃光を包み、消して捕食してしまう。


 その様子を見た少女は動揺していた。かつてこんな相手に対峙したことがなかったのであろう。


 ……動揺は戦闘中にしてはいけない。


 なぜなら、熟練者は動揺によって生まれた一瞬の隙を逃すはずがないからだ。


 少女か意図せずに生んでしまった隙は、彼に比べて明らかに経験が少ないので、十分に理解が及んでいなかったからこそ生まれた隙である。


 勿論もちろん、レイはその隙を逃さない。即座に詠唱を再開した。


「虚空に伸びる手は一切を掴まない 否、一切を掴み取る」


 少女は気を取り直したのか、すぐさま幾重いくえにも重なる風の刃を飛ばしてきた。


 レイはそれを左に飛び退いてかわし、詠唱を済ませる。


「“むさぼり奪え――『強欲な狐アヴァリティア・ヴルペス』”」


 今度は右手から月白げっぱくの靄が出てきた。網のようになった前回の靄とは違って、それは一瞬の内に拳ほどの大きさの狐をかたどり、少女に向かって突進していく。


 少女は瞬く間に現れた月白の小さな狐を見て目を見張った。が、ただちに迎撃の準備を整えた。


 少女が何かを呟いた刹那、辺りが氷に覆われる。木も、花も、動物も、水たまりも凍っていく。なんと、降ってきた雨も瞬く間に冷えて氷の粒へと変化していった。そして、少女の周囲に辺りに生えている木より少し高いくらいの氷の壁ができると共に、足下あしもとから木の二倍以上にもなる氷の塔が現れて押し上げていく。


 それはレイも例外ではなかった。足下からは木より少し低いくらいの氷の塔が現れてレイを押し上げたのだ。


 しかし、狐は止まらずに地面から足を離して空中を駆けていく。その動きはまるでサンタクロースが乗っているソリを引っ張るトナカイのようだった。


 少女がいる氷の塔に向かう狐。それを見つけた少女は自分の周りに氷の壁を生成した。当然、屋根も忘れない。


「これは厄介だな……。を使うか」


 氷の壁の厄介さをすぐさま悟ったレイは、また一枚の手札を切ることにした。なお、狐は氷の塔の周りを回って待機している。


 だが、それをさせまいと氷のつぶてが上空から降り注いでくる。たかが氷と侮ってはいけない。大きさが拳大もある上、通常の氷とは比べ物にならないほど硬いのだ。


「『喰らい尽くす蠅グーラ』」


 流石のレイもこれを躱すのは難しいと思い、右手から生み出さられる漆黒の網で氷の礫を消し去る捕食する


 しかし、氷の礫は降り注ぎ続ける。結局のところは焼け石に水だった。


「〈炎壁ファイアウォール〉」


 『喰らい尽くす蠅グーラ』だと無駄なことが分かったため、氷に有効な炎の壁を頭上に展開する。もう、壁というより天井や屋根と言った方が絶対に良いだろう。


「三つの双牙が鈍く輝く 其れは一切を喰らう者の牙」


 詠唱の邪魔をするようにいくつもの風の刃が飛んでくる。それらは炎の壁に阻まれて消えてしまうが、少女の狙いは別にあった。


 少女は上げた右手を勢いよく振り下げると同時に、レイに対して天から裁きが下る。


 視界が光に照らされて真っ白に染まっていく。発動が速すぎてレイですら対応することができなかった。


 バリバリバリッ! ガシャーンッ!!


 一瞬遅れて轟音が木霊こだまする。その時、蒼白い稲光いなびかりは既に炎の壁ごとレイを貫いていた――

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