第19話 襲う嵐

 ティグリスの後を追うようにして森に入っていったソルデウスとは反対に、僕は慎重に進んでいく。


 ここの森はあの森ほど暗くはないが、雨のせいで歩きにくいな……。


 地面がべちゃべちゃになっており、走りづらそうだ。熊のような奴に追われたのなら十中八九助からないだろう。


   *


 食料採集対決の開始からおそらく数十分が経過した。


 現在、僕が手に入れた物はそれほど多くない。……というか、青白く光る木苺が十数個だけだ。


 この木苺はある程度奥に進めば群生していると推測しているので、今はそれが正しいのかを確認しようとしているところ。



 少し進むと、青白い光が見えてきた。それは高いところにあるので、木に登って採っていく。


 ……こういうことをしていると熊に追われる前を思い出すな。


 遠い昔のように思えるが、実はそれから数日しか経っていない。この世界に来てからは日々が濃すぎるのだ。


 ……っと、今はそんなことを考えている場合ではない。一刻も早く確認を終わらせなければ。


 僕は青白い光を頼りにして前へ進んでいった。


   *


 奥に行くにつれてどんどん青白い光が増えていくのが分かる。やはり、僕の推測は正しいのだろう。


 大きさも初めに手に入れた木苺より二回りくらい大きい。浅い所で採るよりも深い所で採った方が断然効率がいいな。


 木に登って木苺を集めていく。この時点ではまだ数十個しか採れていないので急ぎたいところだ。


 ペースを早めて木苺を採っていると、奥の方で青白い光が沢山あるのを見つけた。


 ここにある木苺よりも圧倒的に数が多い。


 ……ここら辺の木苺が少なくなってきたところだし、採りに行くか。


 僕は周りを見渡してから、ゆっくりと慎重に歩いて向かう。



 青白い光がどんどん大きく見えてくる。ただ、それからその光が天然の罠だと気づいてしまった。


 ……木苺があるのが谷の奥なんだが?


 そう、沢山あった木苺は谷の奥にあったのである。それも、その谷は落ちたら戻ってくることはできなさそう……というより、人生が終了してしまいそうなくらい深い。


 はぁ……。諦めるか。流石に谷の奥にある木苺を採ろうとは思わないしな。


 僕は来た道に引き返した。


   ***


 クソッ! なんで俺が叔父さんに追いかけられなければならないんだよ!


 食料採集対決が始まってからすぐに森に入ったことが悪かった……のか?


 森に入ってから少し経った頃に叔父さんと鉢合わせしたしな。


 ……それよりも、めちゃくちゃしつこいな! いい加減諦めて別の形で妨害しろよ! 追いかけることだけが妨害なわけねーよな!


 しつこい上、俺をすぐに捕まえてしまわないように手加減してくるところも嫌らしい。


「おーい! 大人しく捕まって採集した物ぜーんぶ僕にくれよ〜」


 くっ、こいつ……。俺がほとんど何も持っていないことが分かっているのにわざわざそう言うなんて……!


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 雨のせいで空気が重く、地面も泥濘ぬかるんでいるため走りにくい。そして、全身を打ち付ける冷たい雨が容赦なく体温を奪っていく。


 ……もういい。こうなったら意地でも捕まらないで逃げ切ってやる!


 俺は完全に目的を忘れて叔父さんから逃げることに専念した。


   ***


 引き返して別の道を歩いたのはいいが、なぜ木苺ではなくベニテングタケやらトリカブトやらしか生えていないのだ?


 辺りを見渡せばあるのは木か赤いキノコか紫色の花、白いアサガオみたいな花しかない。


 なんと、ここら辺は木苺が全く見当たらくなり、ベニテングタケやトリカブト、チョウセンアサガオのような毒がある(かもしれない)植物しか生えていないのだ。


 また、雨も強まってきて視界も良好とは言えなくなってきている。うっかり谷や崖に転落してしまえば命は助からないだろう。


 ……ここがもう潮時か。流石に訓練は中止して撤収した方がいいな。


 このまま続行すれば命に関わる。体温も下がってきたし、先ほどにも言ったが、転落事故が起こるかもしれないのだ。



 この訓練の意味って何かあったのか?


 拠点があるであろう方向に向かっている時、僕はそう思った。結局は木苺を採集して撤退しただけであり、特に訓練になっているとは思わない。ティグリスがどうしてこのような形にしたのか謎だ。


 ……僕はティグリスではないので考えても分からないな。って、そんなことより、早く拠点に戻らなければ。


 更に雨が強くなり、突風が吹き荒れる。この天気はまるで、僕たちをこの森から追い返そうとしているように思えた。


   *


 ふぅ……。やっと森から出られた。ここまで来る最中に、谷に転落しそうになった時はどうなるかと思ったぞ。


 空は暗い雲に覆われている。雨はあの時より一層強まっていた。


 ちらっと拠点がある方向を見ると、灯りがあるのが見えた。誰かがいるのだろうか? 確かティグリスはアル村長を呼んだと言っていたが……。


 まあ、気にしていても時間の無駄だな。拠点に行けば分かる。


 僕は拠点に向かって歩き出した。



 僕が拠点にある程度近づくと、雨のせいでびしょ濡れになったティグリスいるのが分かった。


「ティグリスさん、戻りました!」


 雨の音のせいで声が聞こえづらいので、僕は大声を出して戻ったことを報告する。


「お、レイ君。ソルデウスは兄さんと一緒に家に帰ったから、僕はレイ君を待ってたんだ」


 ティグリスは「ついて来て」と言い、家がある方向に歩いて行った。


   *


 今日は大変な一日だったな……。


 ベットに横たわりながら疲れを癒し、今日という一日を振り返る。


 家に帰って真っ先にしたことは身体からだを布で拭いて水分を取ることだった。


 このまま放って置くと体温が更に低くなってしまうので、最初にそうしたのである。


 その次は夕食を取った。どうやら帰ってきた時には既に夕方になっていたらしく、その上、僕は昼食を取っていなかったのですぐに夕食を取ることになった。


 食べ終えた後は客室に直行し、今に至る。


 簡潔にまとめるとこんな感じだろうか? ああ、ソルデウスのことを忘れていた。


 ソルデウスは僕が帰ってきた時には既に家の中にいたが、ぐったりとして動いていなかった。あの様子は中々不気味で、ソルデウスの兄弟の末っ子であるラウルはそれを見ると半泣きしていた。



 ……? なんか眠たいな……。


 一日を振り返り終えると、急に睡魔が襲ってきた。疲れたし、寝るか……。


 僕の意識は深淵に沈んでいった――




――――――――――――――――――


 遂に『vampire superstes』もこの話で10万文字を突破しました! 何だか感慨

深いです!


 また、次話で第二章の前半が終わり、次々話から第二章の後半が始まります!

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