第23話 ゼロの追憶Ⅰ

 爪に赤い液体をしたたらしている熊を見た時、僕は何が起こったのか悟った。


 背中が、切り裂か、れたっ……!


 そう自覚してから激しい痛みと熱に襲われ、口から血を吐く。


「かふっ、ごほっ!」


 肺が……やら……れた、かも、しれない……。脊髄が、やられなかった……だけ、ましだが……。


 呼吸をするときに激しい痛みが走り、まともに呼吸ができない。意識を保つのが精一杯の状況。


 それを熊は静かに見ていた。その様子は、僕の最期を見届けているように見えた。


 嗚呼ああ……視界が、ぼんやり、して、きた……。


 このままだとこのままなら僕は死んでしまう俺は復活できる……。



 助かる……方法は、ない、のか……?



『諦めろ』



 さが、しても……見つから、ない……。



『探すだけ無駄だ。諦めて逝け』



 僕……は、普通……の、人生、を、歩み、たかった……。



『お前じゃ無理だ。俺がいる限りな』



 かん、じょう……という、ものを……知りた、かった……。



『俺のおかげで少し知れたはずだろう?それで満足しろ』



 知らない、こと、が……たくさん、あった……。



『人はそういう生き物だ。全てを知りたいなんて「」だぞ』



 生きる、意味を……。生まれた、意味を……。探し、たかった……。



『お前は俺のために生まれた。生きる意味は俺の依代よりしろになることだ』



 もっと……生きた、かった……。



『安心しろ。俺がお前の分も生きてやる』



 本当、の、意味……で、「人」に……なりた、かった……。



『それなら神を恨むんだな』



 空虚な……人生、だった――




『――その虚空を復讐で満たしてやる』



   ******************************



 今日もアイツの情報を求めて出歩いたが、目新しい情報を入手することはできなかった。


 現在判明しているアイツの情報は、全身が黒いというものだけだ。


 ……これではアイツの正体を特定することはできない。そのうえ、この情報は俺が見たもの、というおまけ付き。


「なあ、ハルカ。『アイツ』は何をしたかったんだと思う?」


 今までずっと気になっていたことをハルカに聞いてみる。一人で考えるよりも二人で考える方がいいと思うからな。


「そうですね……やっぱり私には『アレ』の思考が分からないです」


 ハルカは憶えていないが、あの時と同じ答えだ。


「そうか。急に聞いて悪かったな」


「いいえ、そんなことはありませんよ。ところで、お兄様は『アレ』が何をしたかったのか分かりますか?」


 アイツが何をしたかったのか。何でアイツはあんなことをしたのだろうか。結局考えても分からなかった。


「俺にも分からないな。アイツは絶対に狂っているし」


 アイツの思考が分かるヤツは狂っていると断言できる。狂っているヤツの思考を理解できるのは狂っているヤツだけだからな。


 アイツのことを考えていると、大きな時計台が目に入った。針は6時を指している。


 ……もう夕食をとる時間か。


「さて、ハルカ。今日はどこで夕食をとろうか?」


「今日は酒柳亭さかやなぎていに行きたいです!」


 そんな些細なやりとりをしながら酒柳亭さかやなぎていに向かっていく――


   *


 どん底に沈んだ人生から何とか立て直し、小さな幸せを感じた日々はもう存在しない。


 だが、そんな日々を夢で見るのはいいだろう。


   *


 俺が弱いせいで、ハルカを守れなかった……。まただ、まただ! アイツに人生を滅茶苦茶にされたのは……ッ!



 人生を滅茶苦茶にしたアイツ、弱くて惨めな自分、くずな人間、狂った集団、のんびりと過ごしている人々、■の■■を■■したヤツら、不条理な世界、静観しているだけの神、俺とハルカを残して死んだ両親、攫われたハルカ。全てに激しい怒りを感じる。



 そうだ。こんな世界なんかぶっ壊してしまえばしまえばいい。あとは怒りに身を任せるだけ。



 思考が憤怒ふんどの感情に支配される。今までもそんなことがいくつかあったが、こんなに衝動が激しいのは初めてだ。


 かろうじて残った理性でそんなことを思っていると、どこからか低くて響く声が聞こえた――


   §


 我が歩む復讐の道 其れをはばむ者居れば 壊してやるのが世の情け


 この世の全てに感じる怒り 激情が我を燃やし尽くす



 怒り狂い燃える心 おのが自覚するは憤怒ふんどの感情


 憤怒に支配されていく 其の心はけして強くない 



 心は脆く崩れ去り かえる見込みはゼロに近い


 燃え滾る感情 身を任す我 破壊の限り 尽くすのも我



 解放されるとき来たる 我は悪魔の使徒となり 憤怒に染まる


 “七大罪しちたいざい序列第三位―― 憤怒の罪 使徒降臨”

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