第22話 吸血鬼「零」vs紅之黒檀賢黎熊「エボニー」

 初めに動いたのは僕だった。熊の方を向き、槍を投げてから木々の合間をくぐって逃げる。熊の図体は大きいので、木々の合間をくぐれないだろうと思っての行動だった。また、槍を投げた理由は、熊に傷を負わすためと邪魔だからである。


 熊は木々の合間をくぐれないだけで、木を薙ぎ倒して進んでくる可能性が非常に高い。その時は、余計な体力の消耗と身体への負担をかけられるので良いと思うことにした。


 熊は案の定、木を薙ぎ倒しながらこちらに向かってくる。僕がそんなことをしようとしても、できないし痛いだろう。だが、熊は難なくやってのけた上、微塵も痛そうにしていない。


 痛みを表に出していないだけか、痛みを感じていないのか。後者なら厄介極まりない。


 僕は前を向き、熊を撹乱かくらんするためにジグザグに走る。熊は僕と同じようにジグザグに走る――わけがなく、真っ直ぐに進んできた。


 この手には乗らないか……。まあ、木を薙ぎ倒しながら走り、大分減速しているだけで御の字だが。


 この時点でジグザグに走るのをやめる。このままだと追いつかれてしまうかもしれないからだ。


「グァァ! ガルッ! ガルッ!」


 後方から熊の威嚇する声が聞こえてきた。後ろをチラリと見ると、近くまで熊が迫っくるのが見えた。


 ……今が作戦さんを実行する時だ。


 僕は流れるような動作で右を向き、その方向に走る。急な方向変換、それが作戦其ノ三である。これをすることにより、熊を足止めできると踏んだ。


 熊は僕の方向変換についていくことができず、一度止まってから右を向いて走ってきた。


 作戦其ノ三は有効なことがわかったので、続けて使ってみる。左に方向変換、右に方向転換、左、右、右、左、右、左、左、というふうにしていくと、熊が段々と止まらずに方向変換をしてくるようになった。


 ……木を薙ぎ倒しながら滑らかな動きで方向を変えるとか、どんな化け物だ。


 つい心の中で悪態をついてしまうほどの化け物だ。あれを熊と認識しない方がいいかもしれない。


 

 熊との鬼ごっこ(「捕まる」が意味するのは「死」)が開始されてから5分ほど経過した気がする。実際はもっと短いかもしれないが。


 本当に5分経過したとするのなら、後数分の我慢だ。数分後には鬼ごっこを終了させる「作戦αアルファ」を開始できる。


 そういう風に少し考え込んでしてしまったのが良くなかった。僅かな時間だが、身体を動かすことに意識をあまり向けていなかったので、走る速度が落ちる。そのうえ、熊が畳み掛けるとばかりに速度を上げてきた。


 ……このままだとられる!


 そう思った瞬間、後ろから誰かの声が聞こえてきた。


『我が歩む道をはばむもの れを穿うがつは神の力 まわうなって巻き上げる』


 熊はいつの間にか右にある前足を挙げており、その前足は翠色すいしょくに輝いている。


『風の力を我の手に “巻き起これ――〈旋風ホウェルウィンド〉”!』


 謎の詠唱が終わると共に、直径が数mで高さが10mほどの旋風つむじかぜに現れた。


 どうやら、聞こえてきた声は「救いの声」ではなく「死に導く声」だったようだ。


 僕は抵抗できずに巻き上げられ、前方に高く吹き飛ばされる。不幸中の幸いなのは、落下先が茂みだったことだ。


「かはっ!」


 茂みとはいえ高いところから落ちたら当然痛い。だが、痛いだけだ。作戦αに支障はない。むしろ、川に近づいたのでよかったと言える。


 僕が立ち上がって走り出そうとした瞬間、ザシュッという音が響いた。


 背中がとても熱い。何故だろう? ……まあいい。早く走らなければ。


 僕は再び走りだそうとしたが、倒れ込んでしまう。その僕を見下しているのは、だった。


   *


 我が歩む復讐の道 其れをはばむ者居れば 壊してやるのが世の情け


 怒り狂い燃える心 おのが自覚するは憤怒ふんどの感情


 燃え滾る感情 身を任す我 破壊の限り 尽くすのも我


 解放されるとき来たる 我は悪魔の使徒となり 憤怒に染まる


 “七大罪しちたいざい序列第三位―― 憤怒の罪 使徒降臨”


   *


 舞い降りるときはそう遠くないだろう――




――――――――――――――――――


 追い詰められた零、一体どうなる!?


 次回予告は無しです。タイトルが……(察して下さい)

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