第77話 広大な原野に広がる街

 末広町が賑わっていたのには、釧路市に太平洋炭鉱、十条製紙、本州製紙、日東化学など、大手企業の工場があったことと、日本一の水揚げ高を誇る釧路港があって、町自体の景気が大変良かった。また釧路市と周辺の町村を合わせると東京都の20倍以上も面積があった。その広い地域の中で大型の商業施設などは、釧路市に集中していた。中でも釧路駅と、日銀釧路支店がある大川町を結ぶ北大通りには、各企業の本支店が林立していた。


 商業施設では丸三鶴屋デパート、クシロデパート、㋣北村、オリエンタルデパート、などの大型デパートが、北大通りの東側の末広町にあった。

 末広町の中でも1丁目から5丁目までには、銀の目、ニュー東宝、アカネ、の三つの大型キャバレーとその周辺に、数え切れないほどの飲食店があって、俗にいう末広町歓楽街を形成していた。


 末広町が栄えた理由として釧路駅と、釧路港に近くて交通の便が良かったことも上げられる。ところが、マイカーが普及するころから末広町に、駐車場の不足が指摘されるようになった。

 ことに末広町で最も大型の丸一鶴屋デパートには、駐車場というものが全く用意されていなかった。

問題が指摘されるようになった数年後になって、立体駐車場を建設したが、末広町全体で見れば、焼け石に水といった感じであった。


 釧路という町は根室本線を挟んで東西に分かれていて、西側に位置する末広町が駐車場不足に悩むころ、東側の地区には広大な未開の原野が広がっていた。

その原野に雄鉄通リという道路が開通することとなった。雄鉄通リができた結果、原野だった土地に芦野と文苑という新しい住宅街が生まれた。人口が増えた東側にはイトーヨーカドー、とイオンモールが出店して、末広町の各デパートには大きな打撃となった。

 さらにイオンモールは二店目を出店して、末広町との差は決定的となった。


 イオンモールには映画館もあって、末広町にあった釧路松竹、釧路東映、釧路東宝、の直営館の他、オデオン座、セントラル劇場、スバル座の洋画専門館も相次いで閉館した。

 もはや末広町に人の流れを変える力は残っていなかった。

 だが腐っても鯛は鯛。衰えても末広町は末広町。麟の目とニュー東宝と、アカネの三大キャバレーはその後もしつこく、逞しく生き残った。


「汐未、お前が着てるドレスはこの前と同じだな、新しいのを買う金がないのか」

「金なんかいっぱいあるけどさ、しょうがないでしょ、田島さんが潰れてしまったんだから」


「田島さんって何だったかな」

「田島さんてのは、ホステス専用の洋服屋さんだよ」


「田島が潰れたんなら丸一鶴屋に行けばいいだろ」

「丸一鶴屋にも行ってみたけどさ、あそこにはキャバレーのホステスが着れるドレスは無かったわよ、キャバ嬢ならあれでも大丈夫だと思うけどさ」


「俺もこの前、クラブ子鶴の跡に新しく出来た青い実っていうキャバクラに行ってきたけど、キャバ嬢はみんな普段着みたいな恰好してたな」


「そうでしょ、キャバクラのような店はそれでいいけどさ、キャバレーはそうもいかないのよ」

「美津子が昔いた赤坂のニューラテンクォーターは、同じ洋服は5回以上着てはダメだっていう規則があったらしいな」


「ニュー東宝はそこまでは厳しくないけど、キャバレーに来るお客さんは高い金を払ってるんだからね、私たちホステスは、キャバ嬢みたいな安っぽい恰好はできないんだよ、高弁ちゃんだってそう思うでしょ」


「俺は洋服のことはよく分かんないけど、キャバクラはキャバ嬢の時給も安いし、店の造りも金を掛けてないから、生き残るとしたら、ああゆう店だな」


 末広町のキャバレーは昔からのサービスを変えることなく、キャバレーを愛してくれるお客さんを大切にすることで、生き残りを図った。一方キャバクラは新しくできたタイプの店なので、キャバレーともBARとも違うサービスの提供をすることで、新しい客の獲得を図った。


かくて、伝統を守るキャバレーと、伝統を持たないキャバクラに、末広町の運命を託すこととなった。

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